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外務相、防衛相には非保守派

21日の首班指名で選出された高市首相は、夕刻に閣僚人事を発表した。保守派の登用がやや目立つ印象もあるとはいえ、全体としては穏当で比較的バランスの取れた布陣になったように見受けられる。高市首相の保守色の強い外交・安全保障政策や、積極財政・金融緩和継続といったアベノミクスを継承した経済政策を強く推し進める布陣ではない。高市首相は、連立を組む日本維新の会との協調や自民党内での調和を意識して、バランスを考慮した布陣としたのではないか。
 
経済閣僚以外では、官房長官に木原稔氏、外務相に茂木敏充氏、防衛相に小泉進次郎氏、総務相に林芳正氏、経済安保相に小野田紀美氏をそれぞれ充てた。木原氏、小野田氏は保守派であるが、一方、外交・安全保障政策の要である外務相の茂木氏、防衛大臣の小泉氏はともに中道リベラル寄りである。ともに協調、対話を重視する姿勢と考えられる。
 
高市氏が保守色の弱い2人を外務相、防衛相のポストに充てたのは、自身の政策を強行に推し進めていく意図がないことを意味するだろう。それを対外的に示すことでアジア諸国の懸念を緩和する狙いがあるのではないか。

片山財務相は極端な積極財政派とは一線を画す

経済閣僚の人事では、高市氏が片山さつき氏を財務大臣という最重要ポストに充てたことが大きな特徴だ。片山氏は積極財政色が強い旧二階派、旧安倍派に属したことがあり、「積極財政寄り」であることは確かだ。
 
しかし、その姿勢は一方的に財政拡張を求めるものではなく、「現実的な積極財政派」と言えるだろう。バラマキ的な財政支出の拡大ではなく、政策効果を踏まえてターゲットを絞った支出と財政規律を重視する姿勢と見える。また、財政健全化目標であるプライマリーバランス(PB)の黒字化を重視し、国債発行や為替政策では市場安定を優先する姿勢がみられる。

片山財務相は円高論者:日銀の金融政策正常化を牽制し円安を招くことは避けるか

また片山氏は、円安を「家計への物価圧力」として問題視している。今年3月のロイターのインタビューでは、ドル円レートは1ドル120円台から130円台が実力であり、円高が進行することで物価が抑制されることは望ましいと発言している。この点から、日本銀行の金融政策正常化を牽制し、円安を助長することは避けると考えられる。また、規律のない財政運営で円の信認を失うようなことも避けると見られる。また、厳しい経済状況のもとでも日本銀行が絶対に金利を上げられない状況ではない、と利上げを容認する姿勢も見せていた。
 
さらに、経産相には石破前首相に近い前経済財政担当相の赤澤亮正氏が就任した。赤澤氏は積極財政論者とは言えない。経済財政担当相には前経済安全保障相の城内実氏が充てられた。城内氏は消費税減税を主張するなど積極財政派ではあるが、外務官僚出身の城内氏の得意分野は経済ではなく外交である。また、経済財政担当相は日本銀行との協議の窓口ともなるが、城内氏が金融政策についてはほとんど発言していないようだ。

財務省、日本銀行に強く切り込み政策姿勢を無理やり変えさせるような意図はないか

今回の人事を見ると、高市氏がアベノミクスを継承する極端な積極財政論者、金融緩和論者を主要経済閣僚に充て、財務省、日本銀行に強く切り込んで政策姿勢を無理やり変えさせるような意図は感じられない。
 
高市氏自身が保守色の強い外交・安全保障政策、積極財政・金融緩和継続といったアベノミクスを継承した経済政策を志向していることは疑いないものの、ひとたび首相の座に就けば、自らの理念の実現のために政策を強く推し進めるのではなく、経済政策で考え方の大きく異なる日本維新の会、自民党内の非保守層にも配慮し、また、少数与党で政策推進には野党の協力も必要であることから野党にも配慮することが求められる。そうした多方面への配慮の結果、高市カラーは薄められていくことが見込まれる。
 
積極財政・金融緩和継続は長期金利の上昇や円安進行による物価高を促すことになり、経済、金融市場の安定を損ねる可能性がある。この点から、高市首相が自らの主張を一定程度封じる考えであるとすれば、それは、経済、金融市場の安定の観点からは好ましいのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。