&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

防衛費GDP比2%の前倒し実現

高市首相は、臨時国会での物価高対策決定を最優先課題に位置付けている。しかし実際には、来週訪日するトランプ米大統領への対応の一環である、防衛費増額が喫緊のテーマとなってきた。

トランプ大統領は27日にマレーシアから日本に移動し、29日に日本から韓国に移動する。28日には日米首脳会談が開かれる方向で調整されている。その日は会談後に、米軍横須賀基地を訪れる。
 
首脳会談では日米同盟強化やインド太平洋の自由推進とともに、日本の防衛政策の方針などが議題になる見通しだ。日本で現在進められている防衛力整備計画は、2023年度~2027年度の5年間で防衛費を関連経費と合わせて総額43兆円増加させ、そのGDP比率を2%まで引き上げることを目指すものだ。
 
しかしトランプ政権は、日本に対して水面下で防衛費のGDP比率を3.5%まで引き上げることを求めているとされる。日米首脳会談では、トランプ大統領は高市首相に対して、防衛費の更なる拡大を求めてくるとみられる。
 
それに先手を打つ形で、高市首相は防衛費のGDP比2%への引き上げを前倒しで実現させる考えだ。2025年度予算で防衛費のGDP比率は1.8%であるが、2025年度補正予算で防衛費を積み増して2%水準を確保すると見られる。2025年度の名目GDPの政府見通しは約625兆円であり、防衛費の比率を1.8%から2.0%に引き上げるには、約1.3兆円の積み増しが必要となる計算だ。

補正予算の財源をどのように手当てするかに注目

岸田政権は、防衛費増額を決める際に、「中身、規模、財源」を一体で決めると説明した。しかし実際には、規模を先行して決めてしまった。財源は歳出改革や決算剰余金の活用などとともに、1兆円強分は法人、たばこ、所得3税の増税で補う方針を示した。
 
しかし、増税による財源確保は自民党内の反対で実現できず、宙に浮いた状態のまま防衛費の増額が進められてきた。財源を確保しないまま、防衛費のGDP比2%への引き上げを前倒しで実現する場合には、財源不足はより拡大し、国債発行が増えてしまう。
 高市首相は、ガソリン暫定税率廃止、電気ガス補助金、診療報酬引き上げ、病院・介護施設支援、中小企業支援を防衛費増額とともに補正予算編成で手当てする考えと見られるが、その財源は税収の上振れ分と基金の取り崩しを想定しているとみられる。しかしそれらは、恒久財源ではなく一回だけの財源でしかない。ガソリン暫定税率廃止、防衛費増額ともに恒久措置となる可能性が高く、それを一時的な財源で賄えば、翌年以降は国債発行で賄われる形となる。
 
積極財政姿勢ながらも「責任ある積極財政」を掲げる高市首相が、防衛費増額を含む補正予算の財源をどのように手当てするのかは、今後の財政運営姿勢を占う試金石となるだろう。財源確保の姿勢が消極的であれば、長期金利上昇、円安など金融市場の不安定化につながる可能性がある。
 
また、トランプ大統領から防衛費をGDP比3.5%まで引き上げるように求められたら、高市首相はどのように反応するだろうか。その実現には10兆円程度の追加の予算拡大が必要になる計算だ。その財源確保はより困難を極めるだろう。発足直後から、高市政権には重い課題がのしかかってきた。
 
(参考資料)
「防衛費GDP2%水準へ増額、25年度中に前倒し 所信表明原案 高市新政権」、2025年10月23日、日本経済新聞電子版
「安保文書:安保文書、改定検討指示へ 高市氏、防衛費増念頭に」、2025年10月21日、毎日新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。