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日本銀行は高市政権に配慮して追加利上げを見送りへ

今週の10月29~30日に開かれる金融政策決定会合で、日本銀行は金融政策の維持を決める可能性が高い。他方、12月の今年最後の会合で、0.25%の追加利上げが実施されると予想する。
 
実際に今週の会合で金融政策の維持を決める場合、日本銀行は関税による海外経済情勢の不確実性が続いていることを理由に挙げ、米国経済の動向をもう少し見極める必要がある、と説明するだろう。しかし実際には、金融政策の維持を決める際の最大の理由は、高市新政権への配慮となる。
 
9月の会合では、追加利上げを主張して2名の政策委員が現状維持に反対票を投じた。執行部は、10月の会合で反対が3票へと増加することを警戒し、前倒しで利上げを実施することも一時検討したのではないかと推察される。政策委員会の中で票が割れれば、日本銀行内での意見の不一致を露呈することになり、また植田総裁のリーダーシップが低下していると受け止められる可能性があるためだ。
 
しかし、利上げを牽制する高市政権の発足を受け、執行部は10月の会合でも2名の反対が続く、あるいはそれが3名に増えることを今では逆に歓迎しているのではないか。それは、日本銀行の利上げ継続の意思を高市政権にアピールできるためだ。
 
高市首相は、積極財政と金融緩和の継続を、経済政策の柱としている。これは、アベノミクスの第1の矢と第2の矢を継承するものだ。高市首相は、政府は財政政策とともに金融政策にも責任を持ち、金融政策の方針を決めるのは政府である、との趣旨の発言をしている。これは、「(金融政策は)政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう」「(日本銀行は政府と)十分な意思疎通を図らなければならない」とする日本銀行法第4条が求める点を逸脱している可能性があり、日本銀行の独立性を尊重する日本銀行法の基本的な考え方とは相いれないものだろう。

高市総裁のもとで、日本銀行は安倍政権以来の大きな政治介入のリスクに直面している。米連邦準備制度理事会(FRB)がトランプ政権からの利下げ要求など強い政治介入を受ける中、日本でも日本銀行への政治介入が強まることを、世界の中央銀行及び金融市場が大いに懸念するだろう。それは、通貨の信認を損ね、金融市場を不安定化させる恐れがあるためだ。

「政策金利引き上げ=金融引き締め」ではない

10月29~30日に開かれる金融政策決定会合で、日本銀行は高市新政権に配慮して追加利上げを見送るとしても、追加利上げを断念してしまう可能性は低い。会合後には、高市政権と水面下での協議を始めるだろう。
 
高市首相は、現在の高い物価上昇率はコストプッシュ型であり、経済に悪影響を与えるものであることから、物価高を理由に日本銀行が政策金利を引き上げると景気に悪影響が生じ、国民生活が圧迫される恐れがある、とする。こうした懸念は間違っていない。

ただし重要なのは、日本銀行は物価の基調はまだ2%の物価目標に達していないと説明していることだ。そのもとでは、政策金利は経済に中立的な水準を下回り、金融緩和状態は維持されている。中央銀行は政策金利の方向性ではなく水準を重視する傾向が強く、通常は、「政策金利引き上げ=金融引き締め」とは考えない。
 
日本銀行は現状で金融引き締めを行うのではなく、政策金利の引き上げを通じて金融緩和状態を縮小する調整を緩やかに行っている過程にあるという点を、高市首相に理解してもらうよう努めるだろう。

政治介入で高まる円安進行とその弊害

政策金利を中立水準に向けて緩やかに引き上げていく日本銀行の金融政策正常化を牽制する政治的な動きは、経済、金融市場の安定にマイナスの影響を与え、国民生活にはむしろ逆風となるだろう。
 
既に足もとで生じているように、高市政権の下で日本銀行の政策金利引き上げに向けた障害が高まるとの見方が金融市場に広がると、為替市場では円安が進む。円安は輸出企業の収益を増加させ、また株高を生じさせることで、株式を多く保有する富裕層に恩恵をもたらす。
 
しかし、円安進行は輸入物価を押し上げ、食料・エネルギーを中心に物価高を長期化してしまう。これは、低所得者を中心に国民生活に悪影響を与えるだろう。高市政権は、減税を中心とする物価高対策を優先課題とする姿勢であるが、日本銀行への政治介入を強めると、円安、物価高によって国民生活をむしろ圧迫してしまうという矛盾を抱えることになる。

日本銀行は、為替市場への影響を想定して金融政策を運営していない、という建前があることから、上記の問題点を直接対外的に主張することはできない。しかしこのような問題点についての指摘が世間で広まっていき、日本銀行に対する政治介入に対する批判的な論調が醸成されていけば、実際に政治介入のリスクを下げてくれる、ということを期待しているだろう。

日本銀行は日本維新の会と麻生派に期待か

自民党と連立政権を組む日本維新の会は、日本銀行の独立性を尊重するのが基本姿勢と考えられる。高市政権は、日本維新の会に配慮して、日本銀行への政治介入姿勢を弱めていく可能性があるのではないか。
 
一方、高市政権が任命した党4役の半数が麻生派であり、さらに麻生氏が副総裁に就任したことは、高市政権の経済政策は、麻生氏の影響力を強く受ける可能性を示唆している。麻生氏は財政健全化とともに日本銀行の独立性を尊重する姿勢と考えられる。そのため、麻生氏の影響力のもとで、高市首相の金融緩和継続の志向も弱められる可能性があるだろう。

日本銀行は麻生氏の協力を得つつ、水面下で高市首相との調整を進め、その介入姿勢の修正を図ることを目指すだろう。実際にそうした調整が進むことで、12月の金融政策決定会合では日本銀行は追加利上げを実施できると見ておきたい。
 
高市首相のもとでも日本銀行の利上げ路線は妨げられないとの見方が最終的に広がっていけば、金融市場では高市トレードで進んだ円安・株高は巻き戻され、円高・株安の流れが生じることになるだろう。円安の修正は物価上昇リスクを低下させ、国民生活の安定には追い風となる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。