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不確実性はなお高い状況が続いている

10月30日に開かれた金融政策決定会合で、大方の事前予想通りに、日本銀行は金融政策の維持を決めた。前回の会合と同様に、2名の政策委員は利上げを主張した。引き続き利上げに賛成する意見が出ていることに加え、ベッセント米財務長官が今週の来日時に「インフレ抑制に取り組むための裁量の余地を日本銀行に与えるよう、日本政府に呼び掛けた」ことを受け、12月18・19日の次回金融政策決定会合で日本銀行が、0.25%の追加利上げを決めるとの見方が強まっている。筆者も従来から、12月の追加利上げを予想している。
 
日本銀行は展望レポートで、「各国の通商政策等の影響を受けた海外の経済・物価動向を巡る不確実性はなお高い状況が続いている」ことを引き続き指摘しており、これが追加利上げ見送りの主な理由と説明している。この「不確実性はなお高い状況が続いている」という文言は、次の決定会合で日本銀行は追加利上げを行わないことを示す、市場との対話の手段として用いられてきたと考えられる。12月の決定会合で日本銀行が追加利上げに踏み切るとすれば、その前の総裁・副総裁の講演などで、この文言を修正することが予想される。
 
展望レポートでは、2025年度の実質GDP成長率の見通し(政策委員の見通しの中央値)が、前回7月の+0.6%から+0.7%にわずかに引き上げられたが、それ以外の実質GDP、消費者物価指数(除く生鮮食品)の予測値は修正されなかった。

高市政権に配慮して追加利上げを見送り

しかし実際のところは、日本銀行が今回金融政策の維持を決めた最大の理由はこの不確実性を見極めることではなく、高市政権への配慮、高市政権との対立を避けることだろう。
 
9月の会合では、追加利上げを主張して2名の政策委員が現状維持に反対票を投じた。執行部は、10月の会合で反対が3票へと増加することを警戒し、前倒しで利上げを実施することも一時は検討したのではないかと推察される。政策委員会の中で票が割れれば、日本銀行内での意見の不一致を露呈することになり、また植田総裁のリーダーシップが低下していると受け止められる可能性があるためだ。
 
しかし、利上げをけん制する高市政権の発足を受け、執行部は10月の会合でも2名の反対が続いたことを、今ではむしろ歓迎しているのではないか。それは、日本銀行の利上げ継続の意思を高市政権にアピールできるためだ。
 
高市首相は、積極財政と金融緩和の継続を、経済政策の柱としている。これは、アベノミクスの第1の矢と第2の矢を継承するものだ。高市首相は、政府は財政政策とともに金融政策にも責任を持ち、金融政策の方針を決めるのは政府である、との趣旨の発言をしている。これは、「(金融政策は)政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう」「(日本銀行は政府と)十分な意思疎通を図らなければならない」とする日本銀行法第4条が求める点を逸脱している可能性があり、日本銀行の独立性を尊重する日本銀行法の基本的な考え方とは相いれないものだろう。

高市首相のもとで、日本銀行は安倍政権以来の大きな政治介入のリスクに直面している。米連邦準備制度理事会(FRB)がトランプ政権からの利下げ要求など強い政治介入を受ける中、日本でも日本銀行への政治介入が強まることを、世界の中央銀行及び金融市場が大いに懸念するだろう。それは、通貨の信認を損ね、金融市場を不安定化させる恐れがあるためだ。

「政策金利引き上げ=金融引き締め」ではない

日本銀行は高市政権との対立を避けるために今回追加利上げを見送ったとしても、この先、追加利上げを断念してしまう可能性はかなり低い。会合後には、日米首脳会談など一連の外交日程を終えた高市首相と水面下での協議を始めるだろう。
 
高市首相は、現在の高い物価上昇率はコストプッシュ型であり、経済に悪影響を与えるものであることから、物価高を理由に日本銀行が政策金利を引き上げると景気に悪影響が生じ、国民生活が圧迫される恐れがある、とする。こうした懸念は間違っていない。

ただし重要なのは、日本銀行は物価の基調はまだ2%の物価目標に達していないと説明していることだ。そのもとでは、政策金利は経済に中立的な水準を下回り、金融緩和状態は維持されている。中央銀行は政策金利の方向性ではなく水準を重視する傾向が強く、通常は、「政策金利引き上げ=金融引き締め」とは考えない。
 
日本銀行は現状で金融引き締めを行うのではなく、政策金利の引き上げを通じて金融緩和状態を縮小する調整を緩やかに行っている過程にあるという点を、高市首相に理解してもらうよう努めるだろう。

政治介入で高まる円安進行とその弊害

政策金利を中立水準に向けて緩やかに引き上げていく日本銀行の金融政策正常化をけん制する政治的な動きは、経済、金融市場の安定にマイナスの影響を与え、国民生活にはむしろ逆風となるだろう。
 
既に足もとで生じているように、高市政権の下で日本銀行の政策金利引き上げに向けた障害が高まるとの見方が金融市場に広がると、為替市場では円安が進む。円安は輸出企業の収益を増加させ、また株高を生じさせることで、株式を多く保有する富裕層に恩恵をもたらす。
 
しかし、円安進行は輸入物価を押し上げ、食料・エネルギーを中心に物価高を長期化してしまう。これは、低所得者を中心に国民生活に悪影響を与えるだろう。高市政権は、減税を中心とする物価高対策を優先課題とする姿勢であるが、日本銀行への政治介入を強めると、円安、物価高によって国民生活をむしろ圧迫してしまうという矛盾を抱えることになる。

日本銀行は、為替市場への影響を想定して金融政策を運営していない、という建前があることから、上記の問題点を直接対外的に主張することはできない。しかしこのような問題点についての指摘が世間で広まっていき、日本銀行への政治介入に対する批判的な論調が醸成されていけば、実際に政治介入のリスクを下げてくれる、ということを期待しているだろう。

ベッセント財務長官は日本銀行の利上げをけん制する高市首相を諫める

積極財政についても同様だが、今後、高市政権は金融緩和継続の姿勢を徐々に弱めていくことが予想される。その理由は主に3点である。
 
第1は日本銀行の利上げを通じて円安を修正することを期待するトランプ政権の意向だ。冒頭で述べたように、ベッセント米財務長官は29日に、「政府が日銀に政策運営の裁量を認める意思が、インフレ期待を安定させ、為替相場の過度な変動を防ぐ上で鍵となる」と発言した。
 
また、27日の片山財務相との会談を受けて米財務省28日に公表した声明によると、「ベッセント氏は会談で、健全な金融政策の策定とコミュニケーションがインフレ期待の安定維持と為替レートの過剰な変動を防ぐ上で重要な役割を果たすことを強調した」。その上で、「アベノミクス導入から12年が経過し、状況が大きく変化する中で、健全な金融政策の策定とコミュニケーションが、インフレ期待の安定維持と為替レートの過度な変動防止に重要な役割を果たす」と述べた、としている。
 
これらは、時代遅れのアベノミクスにこだわり、日本銀行の利上げをけん制する高市首相の姿勢が、インフレ期待を不安定にさせ、円安リスクを高めているとして、そうした姿勢を改めるよう、求める意図を持った発言と考えられる。
 
高市政権も日本銀行も、海外の政府の意見をそのまま受け入れることはないが、高市政権はそうしたトランプ政権の意向に配慮し、日本銀行の利上げをけん制する姿勢を弱める可能性はあるだろう。他方、利上げを進める考えの日本銀行にとっては、こうした一種の外圧は、助けとなる。

日本維新の会と麻生派は日本銀行の独立性を尊重する姿勢

自民党と連立政権を組む日本維新の会は、日本銀行の独立性を尊重するのが基本姿勢と考えられる。高市政権は、日本維新の会に配慮して、日本銀行への政治介入姿勢を弱めていく可能性もあるのではないか。
 
一方、高市政権が任命した自民党4役の半数が麻生派であり、さらに麻生氏が自民党副総裁に就任したことは、高市政権の経済政策は、麻生氏の影響力を強く受ける可能性を示唆している。麻生氏は財政健全化とともに日本銀行の独立性を尊重する姿勢と考えられる。そのため、麻生氏の影響力のもとで、高市首相の金融緩和継続の志向も弱められる可能性があるだろう。

日本銀行は麻生氏の協力を得つつ、水面下で高市首相との調整を進め、その介入姿勢の修正を図ることを目指すだろう。実際にそうした調整が進むことで、12月の金融政策決定会合では日本銀行は追加利上げを実施できると見ておきたい。
 
このように、トランプ政権、日本維新の会、麻生派の3者に配慮して、高市首相が日本銀行の利上げを容認する姿勢に転じていけば、金融市場では高市トレードで進んだ円安・株高は巻き戻され、円高・株安の流れが生じることになるだろう。緩やかな円安の修正は物価上昇リスクを低下させ、国民生活の安定には追い風となる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。