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2年前倒しで防衛費をGDP比2.0%まで引き上げる

先週行われた日米首脳会談では、日本政府が強く警戒していた防衛費増額について、トランプ米大統領からは数値を伴う具体的な要求はなされなかったとされる。他方、先手を打って日本政府が示した防衛費増額の取り組みについて評価する旨の発言が、トランプ大統領から聞かれた模様だ。
 
現在、2023年度から2027年度の5年間で防衛費を積み増す、防衛費増強計画の中間年度にあたる。最終年度の2027年度には年間の防衛費の規模を関連費と合わせてGDP比2.0%まで引き上げる。
 
しかし高市首相は、この計画を見直し、2025年度に防衛費をGDP比2.0%に引き上げることを決めた。2年前倒しでの実現である。今年度の当初予算では、GDP比1.8%となる防衛予算が確保されているが、現在の臨時国会で成立させる補正予算で、これを2.0%まで引き上げる予定だ。それには、約1.3兆円の防衛費積み増しが必要となり、国民一人当たり1.1万円の追加の負担となる計算だ。
 
2026年度以降の防衛費についての政府方針は決まっていないが、さらなる予算の上積みがなされる可能性が高い。しかし、2023年度から2027年度の5年間の計画が進む中でも、その財源をまだ確保できていない。今後さらなる増額がなされる場合には、それを恒久財源で確保するのは難しく、国債増発による資金調達がそれに充てられるだろう。

防衛費増額は「中身、規模、財源」の三位一体で決まらず、増税策は宙に浮いたまま

2023年度に防衛費増強計画を検討していた際に、当時の岸田首相は当初、防衛費積み増しの「中身、規模、財源」を三位一体で決める、と説明していた。しかし実際には、規模が先に決まり、その後に中身、そして財源確保は現時点においてもまだ達成されていない。国民の生命と安全を確保するために、どのような防衛力の増強が必要になるかを慎重に議論した上で、その規模とその財源を確定するという手順が、今度こそ欠かせない。
 
2023年度から始まる防衛費増強計画では、決算剰余金や基金取り崩しなど一時的な財源に加えて、最終年度に1兆円強を増税で賄う予定だった。それは、法人税、個人所得税、たばこ税の増税だ。しかし、物価高対策で個人所得税はむしろ減税方向を模索する中、とりあえず法人税とたばこ税の増税の方針が、2024年12月の与党税制改正大綱に明記された。法人税は税率4%の上乗せを2026年4月から開始する。たばこ税については、加熱式たばこは2026年4月から、1箱あたり数十円程度引き上げたうえで、2027年の4月以降、加熱式・紙巻きともに段階的に30円程度引き上げる、という方針が合意された。
 
しかし、衆院選で与党は過半数の議席を落として少数与党に転落する中、防衛費増強のための増税策は宙に浮いてしまった。2026年4月から増税を始めるのは、極めて難しい状況になってしまった。

防衛費GDP比3.5%、5.0%の場合、一人当たり追加負担は7.7万円、15.3万円程度

そうした中、防衛費増強計画を修正し、さらなる防衛費の積み増しを行えば、その財源を確保できず、国債発行で賄う部分が一段と増加し、財政環境を悪化させるだろう。
 
米政府は、NATOの防衛費GDP比率の目標を踏まえて、日本に対して防衛費(含む関連費)をGDP比3.5%、あるいは5.0%まで引き上げることを求めているとされる。
 
防衛費(含む関連費)を今年度補正予算後のGDP比2.0%からGDP比3.5%、5.0%まで引き上げる場合には、予算はそれぞれ約9.2兆円、約18.3兆円まで積み増す必要がある。それを仮に消費税の増税で賄うとすれば、それぞれ消費税率を4%弱、8%弱引き上げる必要がある。また、国民一人当たりの追加の負担額は、GDP比2.0%の場合と比べてそれぞれ7.7万円、15.3万円程度となる。

防衛費増額の経済波及効果は小さい

高市政権は、防衛、防災、経済安全保障強化、食料・エネルギー安全保障強化などのために政府が投資を主導する「危機管理投資」を掲げている。それらの中には必要な投資も含まれてはいるが、経済波及効果は概して乏しく、ワイズスペンディングとは言えないものが多い。
 
2024年度の防衛関係費(約7.9兆円)のうち、防衛装備品購入費は約1.7兆円と考えられる。その中で米国からの調達(FMS契約額)分は約9,316億円とされ、防衛装備品購入費全体の50%超に相当する。
 
こうした構造のもとでは、仮に防衛費を増額しても、その相当部分は米国からの防衛装備品の輸入に充てられる。それは日本のGDPを増加させず、波及効果も生まないのである。
 
防衛費の増額は、国民の生命と安全を守る観点と経済的な効率性の双方の観点から慎重に検討を進めるべきである。「まず規模ありき」の姿勢は、改めなければならない。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。