ディベースメント取引(通貨価値下落に備えた取引)
10月の史上最高値から幾分調整したとはいえ、ドル建てで見た金の価格はなお1トロイオンスあたり4,000ドル程度と、歴史的高値圏にある。金は、通貨価値が先行き下落する、あるいは通貨価値の裏返しである物価が先行き上昇する懸念がある際に、それによる資産の目減りを回避するために買われる代表的なリスク回避の資産だ。最近では、通貨価値の下落を見越して資産を移すこうした投資戦略は、「ディベースメント取引(通貨価値下落に備えた取引)」と呼ばれる。
金価格の高騰は、今年夏ごろから勢いづいたが、そのきっかけとなったのは、トランプ大統領による米連邦準備制度理事会(FRB)への露骨な政治介入だった。トランプ大統領はそれ以前からパウエル議長に対して利下げ要求を繰り返していた。さらに、8月にはクーグラー理事が辞任をすると、トランプ大統領は自身の経済アドバイザーである利下げ積極派のミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を後任に指名した。さらに住宅ローン申請の不正疑惑を理由にクックFRB理事の解任に動いた。クック理事は疑惑を否定し、現在、法廷闘争が続いている。
さらにトランプ大統領は、来年5月に任期を終えるパウエル議長の後任選びを進め、早めに後任を示すことで、パウエル議長の影響力を低下させる、レームダック化を狙っている。
金価格の高騰は、今年夏ごろから勢いづいたが、そのきっかけとなったのは、トランプ大統領による米連邦準備制度理事会(FRB)への露骨な政治介入だった。トランプ大統領はそれ以前からパウエル議長に対して利下げ要求を繰り返していた。さらに、8月にはクーグラー理事が辞任をすると、トランプ大統領は自身の経済アドバイザーである利下げ積極派のミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を後任に指名した。さらに住宅ローン申請の不正疑惑を理由にクックFRB理事の解任に動いた。クック理事は疑惑を否定し、現在、法廷闘争が続いている。
さらにトランプ大統領は、来年5月に任期を終えるパウエル議長の後任選びを進め、早めに後任を示すことで、パウエル議長の影響力を低下させる、レームダック化を狙っている。
中央銀行に対する政治的な圧力の高まりは米国以外でも
このような中央銀行に対する政治的な圧力の高まりは、米国以外の主要国でも見られている。日本では、積極財政と積極金融緩和を掲げたアベノミクスを継承する高市政権が10月に発足した。高市首相は、「政府も金融政策に責任を持つ。金融政策の方針は政府が決める」と説明し、日本銀行の独立性を否定する発言を繰り返してきた。それは、為替市場で円安をもたらしている。
英国のポピュリスト政党「リフォームUK」の党首、ナイジェル・ファラージ氏は、9月に、英中銀イングランド銀行による国債売却策を批判した。国債の売却で生じる損失と金利上昇圧力が納税者の負担になっているというのがその理由だ。リフォームUKは最近の英世論調査で支持率トップとなった。
フランス、ドイツ両国では、過去にユーロ離脱を唱えていたポピュリスト政党が世論調査で首位に立っている。今後は、それらが、欧州中央銀行(ECB)に対する政治的な圧力を強める可能性も考えられる。
英国のポピュリスト政党「リフォームUK」の党首、ナイジェル・ファラージ氏は、9月に、英中銀イングランド銀行による国債売却策を批判した。国債の売却で生じる損失と金利上昇圧力が納税者の負担になっているというのがその理由だ。リフォームUKは最近の英世論調査で支持率トップとなった。
フランス、ドイツ両国では、過去にユーロ離脱を唱えていたポピュリスト政党が世論調査で首位に立っている。今後は、それらが、欧州中央銀行(ECB)に対する政治的な圧力を強める可能性も考えられる。
財政環境の悪化懸念も通貨価値の下落に
さらに各国で、財政環境の悪化懸念が高まっていることも、通貨の信認を損ねている面がある。トランプ政権は今年7月に、年末に期限を迎える大型所得減税を恒久化する法律を議会で成立させた。一方、関税収入はそれによる減税効果を一部相殺するが、仮に連邦最高裁が「相互関税などは大統領の権限を越えており違法」との判断を下せば、関税収入は再び大きく減少する可能性がある。
日本では高市政権が「責任ある積極財政」を掲げ、減税措置や政府投資を拡大させる「危機管理投資」の拡大を目指している。欧州地域では、政府が軍事支出とインフラ投資の拡大を進めている。
このように、主要国では中央銀行に対する政治圧力の高まりと財政環境の悪化が平行してみられる。それらは通貨価値を毀損し、「ディベースメント取引」を促す。
ただし、為替レートは相対的なものであることから、すべての主要国通貨が下落するということは起きない。そのため、通貨価値の下落は、長期金利の上昇、すなわち債券価格の下落や物価高を生じやすくするだろう。
主要国で通貨価値の毀損が同時に生じれば、それは金価格の高騰にとどまらず、債券安、株安などの金融市場の大きな混乱を引き起こす恐れがある。
(参考資料)
“Gold Rally Points to Eroding Faith in Central Banks Worldwide(先進国中銀の信認低下、金急騰と重なる軌道)”, Wall Street Journal, October 9, 2025
日本では高市政権が「責任ある積極財政」を掲げ、減税措置や政府投資を拡大させる「危機管理投資」の拡大を目指している。欧州地域では、政府が軍事支出とインフラ投資の拡大を進めている。
このように、主要国では中央銀行に対する政治圧力の高まりと財政環境の悪化が平行してみられる。それらは通貨価値を毀損し、「ディベースメント取引」を促す。
ただし、為替レートは相対的なものであることから、すべての主要国通貨が下落するということは起きない。そのため、通貨価値の下落は、長期金利の上昇、すなわち債券価格の下落や物価高を生じやすくするだろう。
主要国で通貨価値の毀損が同時に生じれば、それは金価格の高騰にとどまらず、債券安、株安などの金融市場の大きな混乱を引き起こす恐れがある。
(参考資料)
“Gold Rally Points to Eroding Faith in Central Banks Worldwide(先進国中銀の信認低下、金急騰と重なる軌道)”, Wall Street Journal, October 9, 2025
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。