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積極財政を実施しやすくするためにプライマリーバランス目標を修正

高市首相は7日の衆院予算委員会で、2025~2026年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を黒字化するという財政健全化目標について、「単年度ごとに達成状況を見ていく方針を取り下げ、数年単位でバランスを確認する方向に見直す」と語った。
 
これは、政府が長年掲げてきた財政健全化目標を緩めることになる。その狙いは、機動的な財政出動を可能にし、積極財政を実施しやすい環境を整えることにあるのだろう。
 
11月4日に衆議院で行われた代表質問で、立憲民主党の野田代表は、今国会で検討されている経済対策を含む補正予算編成によって、2025年度~2026年度としてきたプライマリーバランスの黒字化目標の達成が遠のいてしまうリスクがあることを指摘し、その規模を問うた。
 
これに対して高市首相は、補正予算の規模は必要な施策の積み重ねであり、財政健全化目標との整合性を保つが、規模については予め明らかにはしないと回答した。こうしたやり取りが、プライマリーバランス単年度黒字化目標の取り下げ、という高市首相の新たな方針のきっかけになった可能性が考えられる。
 
高市首相としては、プライマリーバランスの黒字化目標の達成が後ずれすることを理由に、機動的な経済対策の実施が妨げられ、またその規模が制約を受けることを避ける狙いがあるのだろう。単に黒字化目標を2~3年など複数年度化するだけでなく、プライマリーバランスが改善方向にあるとの見通しが維持されている限り、財政健全化の方向は維持され、そのもとで積極財政政策が許容される、という方針に転換されるのではないか。

財政健全化に向けた政府の姿勢が大きく後退することを意味すると捉えられかねない

自民党の保守派は、財政健全化目標としてのプライマリーバランス黒字化目標を撤回することを長らく主張していた。そして、近年では頭打ち傾向がみられている政府債務のGDP比率の引き下げを、新たな目標とするべきと主張してきた。高市首相は、政府債務から金融資産を除いた政府純債務のGDP比率の引き下げを新たな目標にすべきと主張してきた。今回のプライマリーバランスの黒字化目標の柔軟化は、財政健全化目標を政府債務のGDP比率の引き下げへと移行していくプロセスの一環なのではないか。
 
しかし、政府が長らく財政健全化目標に掲げてきたプライマリーバランス黒字化目標を柔軟化することは、財政健全化に向けた政府の姿勢が大きく後退することを意味するものと広く捉えられかねない。本来は、プライマリーバランスが黒字化しなければ、政府債務のGDP比率は低下しない。近年、同比率が頭打ちとなったのは、物価上昇率の高まりによって名目GDPの成長率が高まる一方、国債利回りが日本銀行の金融緩和によって低位に抑えられてきたからに他ならない。

まずはプライマリーバランスの黒字化達成を目指すべき

ところが、日本銀行が金融政策の正常化を進める中、金利水準は既に切り上がってきている。そのもとでは、プライマリーバランスの黒字化をまずは達成しない限り、政府債務のGDP比率は再び明確な上昇に転じ、政府のデフォルトリスクは高まっていく。
 
財政健全化はかなり長い道のりだ。プライマリーバランスの黒字化はその一里塚でしかない。その目標の達成をまずは目指すべきだ。

長期金利上昇、円安進行が積極財政の効果を相殺してしまう

現時点でプライマリーバランスの黒字化目標を柔軟化という名目の下で事実上放棄すると受け止められれば、長期金利が顕著に上昇する、あるいは財政環境の悪化懸念が通貨価値の下落につながり、円安進行が物価高を助長する。それらは、積極財政政策による景気浮揚効果を相殺し、日本経済の潜在力を削いでしまうだろう。
 
プライマリーバランスの黒字化目標の柔軟化については、このような大きなリスクがある点に十分に配慮し、慎重に検討する必要がある。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。