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自然利子率は小幅マイナスか

12月18~19日の金融政策決定会合で、日本銀行は政策金利を0.25%引き上げ、0.75%とする可能性が高い。金融市場の関心は、その後の日本銀行の金融政策姿勢へと移るが、日本銀行は、「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」といった従来の説明を踏襲することで、さらなる利上げを目指す姿勢を明らかにするだろう。
 
金融市場は、日本銀行がどこまで政策金利を引き上げるのか、いわゆるターミナルレート(金利の到達点)を推し量ろうとする。ターミナルレートは、経済に中立的である名目中立政策金利の水準に一致する、というのが金融市場、そして日本銀行の現時点での基本的な考え方だ。
 
名目中立政策金利の水準は、そこから予想物価上昇率(インフレ期待)を引いた実質中立政策金利と中長期の予想物価上昇率の合計で考えるのが通例だ。実質中立政策金利は自然利子率とも呼ばれるが、その水準は正確に分かるものではなく、実証的な分析を通じて推定されるものだ。
 
日本銀行が示す6つの推計結果によると、自然利子率の水準は-1.0%~+0.5%のレンジにある。その平均値をとれば-0.25%で、小幅マイナスとなる。

中長期の予想物価上昇率が1%強、中立金利が1%と想定

他方、中長期の予想物価上昇率が、最新10月の消費者物価(除く生鮮食品)の前年比上昇率+3.1%と同水準とみなした場合、両者の合計である名目中立政策金利の水準は+3%弱となる。あるいは、日本銀行の物価目標である+2%と同水準とみなした場合には、名目中立政策金利の水準は+2%弱となる。
 
しかし金融市場、そしておそらく日本銀行も、名目中立政策金利の水準はここまでは高くないと考えているだろう。現在の+3%程度の物価上昇率は、円安進行など一時的要因によるところが大きく、持続性はないと考えられるからだ。
 
円安の影響を受けやすい食料(除く酒類)とエネルギーを除くコアコア消費者物価は、最新10月分で前年同月比+1.6%であり、1%台半ばの水準で安定を維持している。今後、円安が一巡し、食料、エネルギー価格の上昇率が低下すれば、このコアコア消費者物価上昇率も低下に向かうだろう。
 
その水準を+1%強とし、中長期の予想物価上昇率と一致すると仮定すれば(長い目で見ればさらに下振れる可能性が考えられる)、小幅マイナスの自然利子率との合計は1%程度となる。これを現時点では名目中立政策金利と見ておきたい。日本銀行が12月18~19日の金融政策決定会合で政策金利を0.75%まで引き上げた後、さらに0.25%引き上げれば、この中立水準に達することになる。

柔軟性を欠く日本銀行の金融政策正常化

実際には、自然利子率の水準も中長期の予想物価上昇率の水準も明確には分からないし、常に変動している可能性がある。
 
そこで多くの中央銀行は、自然利子率も中長期の予想物価上昇率の水準を決め打ちせずに、柔軟な金融政策運営を行っている。物価上昇率が上振れている局面では、仮にそれが持続的ではないにしても企業、家計、金融市場の予想物価上昇率はトレンドよりも上振れ、その結果、実質金利が下振れて、景気・物価の上振れリスクを高める可能性がある。そうしたリスクに配慮して、中央銀行は政策金利の引き上げを進める。
 
他方、一時的に上振れていた物価上昇率が低下し、それに合わせて予想物価上昇率も低下していけば、実質金利は上昇し、金融引き締め効果が強まる可能性がある。その場合には、中央銀行は政策金利を再び引き下げる。こうした柔軟な対応こそが、通常の中央銀行の政策姿勢だろう。
 
ところが、金融政策の正常化を進める日本銀行の政策姿勢は異なり、柔軟性を欠くように見える。長らく異例な緩和を続けた後、政策金利を中立水準へとぴたりと乗せることを目指している。つまり、ターミナルレートを中立金利に一致させようとしている。
 
それは、政策金利を中立水準以上に引き上げて景気に悪影響を生じさせ、政府や世論から失策との批判を浴びることを恐れるためではないか。

ターミナルレートは中立金利を上回る1.25%の可能性

しかし実際には、ターミナルレートを中立金利に一致させるのはかなり難しく、それを強く目指すべきではない。日本銀行がもっと柔軟な金融政策姿勢をとっていれば、足もとの物価上昇率の上振れを受けて、日本銀行はもう少し速いペースで政策金利を引き上げていただろう。そうしていれば、物価高を通じて国民生活を圧迫する円安進行をもっと抑えることが可能だったのではないか。
 
物価上昇率や予想物価上昇率が中長期のトレンドまで低下するには時間を要することから、実際よりもより高めの中立金利を想定して日本銀行がターミナルレートを設定する可能性がある。その場合、日本銀行は2026年後半(9月など)に1.0%、2027年前半(6月など)に1.25%まで政策金利を引き上げ、ターミナルレートは1.25%になる可能性がある。その水準は、筆者が想定する1.0%の中立金利とは乖離する。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。