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物価高で浮き彫りになった課題への抜本的な対応となる「給付付き税額控除」

高市首相は年頭の記者会見で、社会保障と税の一体改革に関する超党派の「国民会議」を、1月中に立ち上げる考えを明らかにした。税控除と給付を組み合わせた「給付付き税額控除」の制度設計に向けての議論がその中心となる。
 
過去数年の大幅な物価高は、硬直的な日本の税制、社会保障制度が抱える課題を浮き彫りにした。物価高を受けた賃金引き上げは、所得税の課税最低限や税率区分が固定されている下では、実質増税となり国民の負担を高めてしまう。また、時給が上昇する中、税及び社会保険料負担を回避するために、労働者が働き控えをすることが、人手不足をより深刻にする。また、生活必需品を中心とする物価高は、低所得層の負担を相対的に高め、それは消費税の逆進性によって増幅される。
 
年末に実施した各種物価高対策や自民党税制改正大綱に盛り込まれた178万円までの年収の壁引き上げなどは、こうした課題への短期的な対応策であるが、抜本的な対策とはなっていない。2026年には、より抜本的な対応策として「給付付き税額控除」の議論を本格的に進めるべきだ。

「給付付き税額控除」の導入は与野党間で幅広く支持されている

「給付付き税額控除」の導入は、与野党間で幅広く支持されている。それは、制度導入で目指す中低所得の支援という側面が左派政党に支持されやすい一方、労働意欲を高めるという側面が、中道右派政党に支持されやすいからだろう。
 
例えば、立憲民主党は、所得が低い層ほど所得に対する税負担の割合が大きくなるという、消費税の持つ逆進性を緩和し、低所得層の生活を支えるという観点から、「給付付き税額控除」の導入を強く提唱してきた。他方、国民民主党は、働き控えを緩和するという観点から、「給付付き税額控除」を支持している面があるだろう。
 
制度設計次第であるが、数多く存在する所得控除制度は、行政の事務負担を高め、また、働く意欲を削ぐなどの課題がある。「給付付き税額控除」導入は、所得控除制度の簡素化などの見直しを伴う可能性もある。

モデルの一つは米国の勤労所得税額控除(EITC)

日本で議論されている「給付付き税額控除」がモデルの一つとされているのが、1975年にフォード政権下で導入された米国の勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit::EITC)だ。勤労所得の増加に応じて税額控除を与え、また、税額から控除し切れない額については給付を行うものだ。
 
EITCの考え方は、1960年代に米国経済学者のミルトン・フリードマンが唱えた「負の所得税」に基づいている。その狙いとしては、複雑な税制・社会保障制度を整理して行政を効率化すること(小さな政府)、働くほど給付と合わせた手取りが増えるという仕組みによって勤労意欲を促進することがあった。
 
フリードマンは新自由主義経済学の代表的な学者であり、規制緩和や市場の自由を重視し、小さな政府を提唱していた。「給付付き税額控除」の源流は、サプライサイドを重視する政策理念であったことは重要だ。

財源確保が課題に

日本での制度設計はこれからであるが、働き損をなくし勤労意欲を高める点、中低所得層の支援を強化するという点は、EITCと共通している。「給付付き税額控除」のもとでは、税控除、給付額を調整することで、特定の所得水準に達すると手取りが減る「年収の壁」を解消することが可能となるだろう。また、同様に税控除、給付額を調整することで、物価上昇による実質増税、実質所得の目減りを回避することも可能だろう。
 
さらに、一定の所得水準までは、働いて所得が増えるほど給付額、税控除額が増える仕組みにすることで、勤労意欲を高め、経済の供給力を高めることも検討されるべきだ。
 
このように、メリットが大きい「給付付き税額控除」であるが、その財源確保は課題となる。制度導入の財源をしっかりと確保することで財政を一段と悪化させないことが、経済の供給力を高める観点からも重要となる。
 
まずは、財源確保が難しくなるような制度設計を避けることが重要であるが、それでも必要な財源については、医療保険制度などの見直し、超富裕層へのミニマムタックスの拡充などで捻出することが選択肢となるだろう。
 
(参考資料)
「税と社会保障の一体化を考える ― 給付つき税額控除制度の税制における意義と具体的提案―」、2007年11月15日、東京財団、森信 茂樹
「【特集】新政権に期待すること―保守、リベラル双方から支持される給付付き税額控除」、2025年11月18日、東京財団、森信 茂樹

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。