高市首相が、1月23日の通常国会冒頭で衆院解散を行う可能性が高まっている。その場合、衆院選の投開票の日程は2月8日、あるいは2月15日が有力となる。
仮に1月の衆院解散となれば、1990年の海部政権以来である。当時は、1989年の参議院選挙で自民党が大敗し、政権基盤が揺らいでいたため、衆院選で信任を得る狙いがあった。国民の信を問うたのは、消費税導入の是非、政治改革の評価、リクルート事件後の政治不信などであった。
その際、衆院選挙実施のために予算編成が遅れ、年度内の予算成立が困難となり、暫定予算が編成された。高市政権の下でも、暫定予算が編成される可能性が高い。
暫定予算は「行政の空白を防ぐ」ことが目的であるため、新しい政策や事業は盛り込まれない。そのため、新規事業を通じて景気浮揚を図ることなどはできない。暫定予算に含まれる主な項目は、主に以下の4点となる。
1)経常的経費:人件費、事務費など、政府機関の通常運営に必要な費用
2)継続事業費:既に進行中の公共事業や契約に関する支出
3)最低限の社会保障費:年金、医療、福祉など国民生活に不可欠な支出
4)国債費:国債の利払いなど、債務履行に関する費用
1990年の予算の成立は年度末から約50日遅れた。この間の暫定予算は10兆円程度だった。この暫定予算はその後、66兆円の本予算に吸収された。この50日間は1年間の13.9%に相当する。他方、66兆円の本予算のうち10兆円の暫定予算は15.1%の割合であることから、規模で判断すれば、50日間のスムーズな予算執行に十分な予算が暫定予算で確保されたことになる。
高市首相が衆院を解散すれば、予算の成立は年度末から2~3週間程度遅れることが予想される。仮に3週間程度の予算執行分を暫定予算で確保するのであれば、暫定予算は7兆円規模となる。
いずれにしても、十分な規模の予算は暫定予算で確保され、予算執行が滞ることで、経済活動に深刻な悪影響が及ぶことはないだろう。さらに、物価高対策など緊急性のある予算は、既に本年度補正予算で確保されている。
ただし、1月の衆院解散、暫定予算編成によって、政府予算案に組み込んだ危機管理投資など高市政権が自ら掲げる看板政策の執行が遅れることは避けられない。これは、高市政権自らが、自身の政策を損ねてしまうという面があるのではないか。
仮に1月の衆院解散となれば、1990年の海部政権以来である。当時は、1989年の参議院選挙で自民党が大敗し、政権基盤が揺らいでいたため、衆院選で信任を得る狙いがあった。国民の信を問うたのは、消費税導入の是非、政治改革の評価、リクルート事件後の政治不信などであった。
その際、衆院選挙実施のために予算編成が遅れ、年度内の予算成立が困難となり、暫定予算が編成された。高市政権の下でも、暫定予算が編成される可能性が高い。
暫定予算は「行政の空白を防ぐ」ことが目的であるため、新しい政策や事業は盛り込まれない。そのため、新規事業を通じて景気浮揚を図ることなどはできない。暫定予算に含まれる主な項目は、主に以下の4点となる。
1)経常的経費:人件費、事務費など、政府機関の通常運営に必要な費用
2)継続事業費:既に進行中の公共事業や契約に関する支出
3)最低限の社会保障費:年金、医療、福祉など国民生活に不可欠な支出
4)国債費:国債の利払いなど、債務履行に関する費用
1990年の予算の成立は年度末から約50日遅れた。この間の暫定予算は10兆円程度だった。この暫定予算はその後、66兆円の本予算に吸収された。この50日間は1年間の13.9%に相当する。他方、66兆円の本予算のうち10兆円の暫定予算は15.1%の割合であることから、規模で判断すれば、50日間のスムーズな予算執行に十分な予算が暫定予算で確保されたことになる。
高市首相が衆院を解散すれば、予算の成立は年度末から2~3週間程度遅れることが予想される。仮に3週間程度の予算執行分を暫定予算で確保するのであれば、暫定予算は7兆円規模となる。
いずれにしても、十分な規模の予算は暫定予算で確保され、予算執行が滞ることで、経済活動に深刻な悪影響が及ぶことはないだろう。さらに、物価高対策など緊急性のある予算は、既に本年度補正予算で確保されている。
ただし、1月の衆院解散、暫定予算編成によって、政府予算案に組み込んだ危機管理投資など高市政権が自ら掲げる看板政策の執行が遅れることは避けられない。これは、高市政権自らが、自身の政策を損ねてしまうという面があるのではないか。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。