&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

日本銀行は1月28日(水)に、2015年7月~12月開催分の金融政策決定会合議事録を公表する。2013年4月に「2年程度を念頭に」達成を目指した2%の物価目標は2年を経過しても達成できず、また2014年10月の「金融緩和拡大」も、物価上昇率を押し上げる効果は見られなかった。
 
焦りを強めた日本銀行は、今から10年前の2016年1月に奇策とも言われた「マイナス金利政策」に打って出たが、金融市場はこれに悪い反応を示し、世間からの強い批判を浴びることになった。これは、同年9月の「総括的な検証」とイールドカーブコントロールの導入という「量的・質的金融緩和」の事実上の大きな見直しへとつながっていく。今回発表される議事録は、そうした動乱期の前夜の状況を記したものだ。
 
2013年4月の「量的・質的金融緩和」導入直後には、消費者物価上昇率は顕著に上昇し、2%の物価目標達成も近いとの見方もされていた。しかし当時の物価上昇率の上振れは、円安と原油高による一時的なものであり、ほどなくして物価上昇率は下振れていった。現在の高い物価上昇率が、金融緩和の効果による消費増加を伴う持続的なものではなく、いわゆるコストプッシュ型の「悪い物価上昇」であることは、当時と同じだ。
 
物価上昇率の下振れを受けて、日本銀行は2024年10月に「金融緩和拡大」を実施した。金融市場はこれに反応し円安、株高が進んだが、経済、物価への影響は限定的であり、2%の物価目標達成は見えてこなかった。
 
展望レポートで示す物価見通しで、2%の物価目標達成が後ずれするたびに、日本銀行は追加の金融緩和策を実施し、物価目標達成の後ずれを容認しないという姿勢をアピールした。物価目標達成に向けた強い意志を示すことが、企業、物価のインフレ期待を引き上げ、2%の物価目標達成を助ける、と考えていたからだ。
 
その一環が、2015年12月に日本銀行が決めた、新たなETFの買入れだった。新たに年間約 3,000 億円の枠を設け、「設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業」の株式を対象とするETFを買入れるというものだ。実際にはこの新たなETFの買入れは進まなかったとみられる。
 
当時審議委員であった筆者は、市場を歪める、金融仲介機能を損ねるなど副作用が効果を上回ると考え、資産買い入れの縮小、いわゆるテーパリングを提案していた。そのため、この新たなETFの買入れについても反対した。
 
2025年に日本銀行はETFの売却を決めたが、買い入れを長期間進めた結果、売却に100年以上をかけるという異例の出口戦略を掲げざるを得なかった。
 
当時続けられていた過度な金融緩和は、現在の円安・物価高の要因の一つともなっており、経済、国民生活を損ねるという副作用を生んでいる。日本銀行の物価目標達成への過度なこだわりが、経済・物価の安定を損ねてしまうことから、柔軟な金融政策運営が重要であるという点は、現在でも言えることだ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。