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トランプ大統領に同調してタカ派色を修正したウォーシュ氏

トランプ米大統領は1月30日に、次の連邦準備制度理事会(FRB)議長に55歳のケビン・ウォーシュ元FRB理事を指名する、と表明した。上院で承認されれば同氏は今年5月に議長に就任する。トランプ大統領は、「彼は『セントラル・キャスティング(適役)』であり、決して期待に背かない」と述べ、利下げ実施への強い期待を表明した。
 
ウォーシュ氏は金融業界で働いた後、ブッシュ政権下で2006年にFRB理事に指名された。この時ウォーシュ氏は35歳であり、史上最年少でのFRB理事就任となった。2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)の際には、当時のバーナンキ議長を助け、ウォール街とのパイプを生かして、金融機関の救済に貢献した。
 
ただしウォーシュ氏は、金融緩和策はインフレをあおると長年警鐘を鳴らしており、金融引き締めを選好する「タカ派」の評価を得てきた。2017年にトランプ大統領が当時のイエレンFRB議長の後任を決める際に、ウォーシュ氏もその候補に入っていたとみられる。しかし、最終的にパウエル議長が選ばれたのは、ウォーシュ氏の年齢が若かったこと以外に、「タカ派」志向がトランプ大統領に受け入れられなかったためとも考えられる。
 
しかし、今年5月に退任するパウエル議長の後任候補に再び名前が挙がるようになると、ウォーシュ氏は利下げを強く主張するトランプ大統領に同調する姿勢を強めていった。ウォーシュ氏は、FRBの利下げを主張するだけでなく、FRBの保有資産、政策枠組み、経済における役割、政府との関係を抜本的に見直すと主張している。

債券市場はウォーシュ次期議長のもとで物価と通貨の安定が揺らぐことを懸念

1月30日の米国金融市場では、ウォーシュ氏の次期FRB議長指名を受けて、ダウ平均株価は一時600ドル超の大幅下落となった。有力候補であったハセット国家経済会議(NEC)委員長などと比べて、利下げに向けた姿勢は強くないとの見方が、株価下落を誘った。また為替市場では、当面の利下げ期待の後退がドル高をもたらし、ドル円レートは1ドル152円台から154円台へとドル高が進んだ。
 
他方で注目されるのは、債券市場の動きだ。30日の引け値で見ると、10年以上の国債利回りは大きく上昇した。これは、ウォーシュ次期議長のもとでも、FRBへの政治介入は強まり、物価と通貨の安定は揺らぐとの懸念を反映しているだろう。

ウォーシュ氏が強いリーダーシップを発揮し利下げを推進する可能性

政策金利は1%以下であるべきだとしているトランプ大統領に対して、利下げを進める約束をしなければ、議長には指名されず、それは「タカ派」との印象がなお残るウォーシュ氏も同じである。
他方、米連邦公開市場委員会(FOMC)での金融政策は合議制であることから、議長の意向だけでは金融政策を決めることはできない。議長の意見が政策決定にどれほど反映されるかは、議長が他のメンバーから信頼されており、また強いリーダーシップを発揮できるかにかかっている。
 
筆者もかつて面会したことのあるウォーシュ氏の印象は、良識がありスマートな好人物というものであるが、恐らくリーダーシップもあるだろう。そのため、他の候補と比べても、トランプ大統領が望む利下げをより推進できるかもしれない。
 
金融市場は年後半に政策金利は今年2回引き下げられ、3.0%~3.25%になるとの見方が有力だ。しかし、ウォーシュ議長のもと、5月以降さらに利下げが進む可能性も想定される。

利下げは中間選挙を睨んだトランプ政権の戦略

支持率の低下に悩むトランプ大統領は、今年11月の中間選挙に向けて自身の支持率回復を強く目指している。中間選挙で与党共和党が両院で過半数を失えば、トランプ政権の政策遂行能力は低下し、後半の政権はレームダック化しかねないからだ。
 
そこで、中間選挙までに国民が不満を抱いている物価高と雇用悪化に手を打つ必要がある。関税策の縮小は、物価上昇率の低下に寄与するだろう。他方、FRBの利下げを通じて景気を浮揚させることも、トランプ政権の中間選挙戦略の中に組み込まれているだろう。
 
さらに、利下げを通じてドル安を誘導あるいは容認し、貿易赤字の縮小と景気浮揚効果を生じさせることも、選挙戦略に入っているのではないか。

日本では円高進行が経済・物価に与える影響に注目

こうした点から、今年年央にかけては米国で金利低下とドル安が想定以上に進む可能性を見ておきたい。これは、日本にとっては円高・ドル安の進行を意味する。緩やかな円高・ドル安は物価の安定に貢献し、個人消費を支える。しかし、急速な円高・ドル安となれば、株価の大幅な低下を引き起こし、経済活動にもマイナスになるリスクがある。

トランプ政権は中間選挙戦略の妨げとなり得る高市政権の積極財政政策をけん制か

また、このようなトランプ政権の中間選挙に向けた戦略の下では、高市政権の財政政策も制約を受けるだろう。日本での積極財政による円安と債券安が、米国のドル高と長期金利上昇をもたらせば、それは米国経済にマイナスとなり、中間選挙に向けた戦略の妨げとなってしまうからだ。
 
この点から、円安と債券安を生じさせる高市政権の積極財政政策については、水面下でトランプ政権は既にけん制している可能性がある。23日に実施された米当局のレートチェックも、その一環である可能性もあるだろう。
 
こうしたトランプ政権からの圧力は、衆院選後に高市政権の積極財政姿勢に修正を迫るものとなるのではないか。
 
(参考資料)
“Trump Picks Kevin Warsh as Fed Chair(トランプ氏、次期FRB議長にウォーシュ元理事)”,Wall Street Journal, January 31, 2026
“Who Is Kevin Warsh, Trump’s Fed Chair Pick? (念願のFRB議長へ、ウォーシュ氏の経歴と政策観は)”, Wall Street Journal, January 31, 2026

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。