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衆院選挙を前に「高市トレード」に変化

昨年10月の高市政権発足以降、積極財政政策への懸念と期待を背景に、金融市場では円安、債券安、株高が進んできた。いわゆる「高市トレード」である。しかし、1月中旬に、衆院解散への期待が高まり株価が大きく上昇した後は、株価は横ばい圏内の動きとなっている。さらに、高市首相が消費税減税を公約に掲げた直後に長期金利は大幅に上昇したが、その後はやはり横ばい圏内の動きを続けている。
 
衆院選では自民が大幅に議席を伸ばす、との見方が強まっている。それを受けて、高市政権の積極財政政策をさらに加速させ、消費税減税を実施するとの期待を金融市場が強めるのであれば、円安、債券安、株高の高市トレードは再び勢いを取り戻しているはずだ。実際にそうなっていないのはなぜだろうか。4つの解釈ができるのではないか。
 
第1に、金融市場は選挙結果が依然不確実であることから、それをまだ慎重に見極めようとしていることが考えられる。
 
第2に、高市政権が選挙に勝って積極財政をさらに前進させることを、金融市場はほぼ織り込んだことが考えられる。

選挙結果に関わらず、高市政権が選挙後に積極財政を修正する可能性

第3に、高市政権が選挙に勝っても、積極財政政策を修正する可能性を、金融市場が意識し始めたことが考えられる。積極財政姿勢が生じさせる円安や債券安は、物価高や長期金利の上昇を通じて国民生活には逆風となる。政権はそうした点への配慮を強めている可能性が考えられる。
 
また、日本の円安、債券安は、世界の金融市場の不安定要素として認識され始めている。特にトランプ米政権は、日本の円安、債券安が米国に飛び火し、ドル高が輸出企業の競争力を低下させ、貿易赤字を拡大させること、長期金利の上昇が住宅ローンの負担を高めること等を警戒している。それらが、11月の中間選挙に向けた共和党の支持率回復の戦略に悪影響を与えるためだ。
 
トランプ政権は、既に高市政権に対して金融市場の安定に配慮するように要請している可能性がある。このような内外双方の事情に配慮して、選挙結果に関わらず、高市政権が選挙後に積極財政姿勢を修正する可能性も考えられる。

防衛ラインの1ドル160円接近で円安・株高の余地が狭まる

第4に、選挙の行方に関わらず、高市トレードは既に限界に近付いていることが考えられる。
 
高市トレードは円安、債券安、株高の組み合わせだが、それは持続的ではないだろう。株高は積極財政政策による景気浮揚効果への期待を背景にした面もあるが、それ以上に円安によって引き起こされている側面が強い。円安によって輸出企業が海外企業から受け取る受け取り代金が、円換算で膨らみ企業収益を拡大させるからだ。
 
しかしこの先は、株高をもたらす円安進行の余地は小さいだろう。ドル円レートは既に、日本政府の防衛ラインと推察される1ドル160円にかなり接近している。今後はドル売り円買いの為替介入を通じて、政府はこの防衛ラインを守ろうとするだろう。
 
昨年10月の高市政権発足前にはドル円レートは1ドル140円台半ば程度であり、日本政府は円安を容認する余地があったが、現状ではその余地はほとんどなくなった。円安の余地が限られるのであれば、株高の余地も限られるのではないか。
 
さらに、債券安が進んで長期金利が一定の水準まで切り上がれば、それは株価の上昇を止めることになるだろう。金利上昇は一般的に資産価格を押し下げることに加えて、株から安全資産の国債に資金が流れるからだ。

「高市トレード」は変容する

円安、株高の余地が限られる中、債券は高市政権の財政政策の影響を受ける。選挙後に高市政権が積極財政姿勢を維持、あるいは強化すれば、債券安が進む。それは、円安の追い風を失った株価を押し下げるだろう。
 
他方、選挙後に高市政権が積極財政姿勢を後退させれば、債券高、円高が生じる。債券高、つまり長期金利の低下は株価の押し上げ材料であるが、それ以上に株価は円高の打撃をより受けやすい。
 
第1の積極財政政策維持ケースでは、「円こう着」、「債券安」、「株安」、第2の積極財政政策修正ケースでは、「円高」、「債券高」、「株安」となる。いずれのケースでも「株安」が生じ、高市トレードの「円安」、「債券安」、「株高」は変容していくと見ておきたい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。