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自民党の歴史的圧勝で「高市トレード」は強まるか

2月8日に投開票が行われた衆院選では、自民党の大勝が事前に予想されていたが、実際にはその予想を上回る自民党の歴史的圧勝となった。自民党は単独で衆院全体の3分の2にあたる310議席を上回る316議席を獲得した。他方で野党は、中道改革連合が選挙前の172から100議席以上減らして49議席にとどまった。近年では、国政選挙ごとに各党が獲得する票が極めて大きく振れる傾向があることに驚かされる。
 
自民党の圧勝を受けて9日の金融市場では、「円安、債券安、株高」の「高市トレード」の再燃が見られる可能性がある。午前7時時点でドル円レートは1ドル157円20銭程度と前週末比20銭強の円安となっている。選挙結果は予想外であったが、為替市場の反応は今のところは比較的小さいように見える。為替介入への警戒などから円安進行は抑えられている面がある。そのため、円安による株高も大きく生じにくいだろう。「高市トレード」の再燃は、比較的短期的にとどまると見ておきたい。

消費減税は国民の支持を得たのか

一方、国の将来を問う政権選択の衆院選として見た場合、各党間の政策論争は概して低調に終わったとの印象が強い。経済政策ではほぼすべての政党が消費税減税を公約に掲げたことで、争点がぼやけてしまった感がある。
 
衆院選で自民党が圧勝することが、「食料品の消費税率を2年間ゼロにする」という同党の公約が国民に強く支持されたということを必ずしも意味しないだろう。それは、唯一消費税減税を公約に掲げなかったチームみらいが、議席を大きく増やす見込みであることにも表れているのではないか。
 
1月26日付の日本経済新聞によると、食料品の消費税率ゼロが物価高対策として「効果があるとは思わない」との回答が56%と、「効果がある」との回答の38%を上回った。さらに、消費税について「財源を確保するために税率を維持すべきだ」との回答が59%と、「赤字国債を発行してでも税率を下げるべきだ」との回答の31%を上回っている。
 
物価高対策としての消費減税は効果が小さい一方、財政環境の悪化が円安や債券安(長期金利の上昇)を促し、国民生活に逆風となってしまうこと、消費減税を基礎的財源とする社会保障制度の信頼性を損ね、将来不安を高めてしまうことなど、弊害は多い。

「守り」と「攻め」の経済政策の議論を深めるべき

衆院選でもっと議論されるべきだったのは、一時的な物価高対策に過ぎない消費税減税ではなく、物価上昇といった環境変化に柔軟に対応して中・低所得層の生活を支えることを可能にする「給付付き税額控除」などの税と社会保障制度の抜本的な改革だったのではないか。これはいわば「守りの政策」である。
 
一方、国民の生活を持続的に改善させるには、所得分配に関わるこうした政策だけでなく、成長率と生産性上昇率を高める政策、いわゆる成長戦略を進める必要がある。この成長戦略は「攻めの政策」と位置付けられ、この二つを両輪として経済政策を前に進めていくことが重要だ。衆院選では議論は深まらなかったが、今後は各党間で議論を進めていって欲しい。
 
高市政権は、「危機管理型投資」を中心とする成長戦略を以前より掲げてきた。これは、自然災害、海外からの軍事的脅威、エネルギー・食料の安定調達を脅かすリスク、重要物資についての海外の輸出規制のリスクなどの諸課題に対応するために、政府が投資を拡大するというものだ。それが成長率を高め、税収が増加することで財政環境が改善するという、いわば“災い転じて福となる”型の楽観的な見通しが含まれている。
 
しかし実際には、政府の投資は非効率で無駄が多く、政府債務の増加につながりやすいことが懸念される。また、政府が投資や補助金などで産業の成長を促そうとすると、企業は政府への依存度を高め、むしろイノベーションが阻害されてしまうことも懸念されるところだ。
 
また、「危機管理型投資」には、経済安全保障の観点から、重点産業の国内回帰を促す狙いがある。しかし、そうした取り組みは、輸入品を国産品に代替する動きであり、自由貿易を否定するものとも考えられる。海外からの安価で質の高い製品を国産品に置き換えると、より生産コストが高まり物価高をもたらす。従来よりも高い価格で製品を買わなければならなくなる日本の消費者が犠牲者となる。
 
安倍政権以降、歴代政権が掲げてきた成長戦略は、規制緩和などを通じて政府が企業の設備投資を引き出し、それを成長力や生産性上昇率の向上につなげるものだった。高市政権が掲げる成長戦略は、政府の投資拡大が中核であり、今までの成長戦略とは異質のものだ。
 
衆院選後には、「守りの政策」と「攻めの政策」の双方が、与野党間でしっかりと議論されることを期待したい。

選挙結果と金融市場の評価には違いも

自民党が衆院選で圧勝したことを受けて、高市政権が国民の支持を得たとして、積極財政政策をさらに進めるとの見方が広がる可能性がある。それは、金融市場の混乱が一層深まることにつながりかねないという点に注意が必要だ。選挙結果と金融市場の評価には違いが見られ、金融市場の評価は厳しいとも言える。
 
昨年10月の高市政権発足以来、積極財政政策による財政悪化への懸念から円安と債券安(長期金利の上昇)が進んできた。円安は物価高を助長し、長期金利の上昇とともに国民生活に逆風となる。物価高対策のための積極財政政策が、物価高を助長してしまうという矛盾が生じているのである。
 
さらに、過去数年に及んで政府が取り組んできた、為替介入を伴う円安阻止の政策と、円安を促す高市政権の積極財政政策の間にも矛盾が生じている。
 
長期・超長期の金利が、財政環境悪化を懸念してこれほど急速に上昇したことは近年経験したことのない事態であり、金融市場は「危機モード」にあると言えるのではないか。また、海外も、日本の金融市場の動揺が、世界の金融市場を不安定化させる震源地になることを警戒するようになっている。
 
特にトランプ米政権は、日本の円安と債券安が米国市場に飛び火し、ドル高と長期金利の上昇を進めることで、米国経済の逆風となってしまうことを懸念している。これは、米連邦準備制度理事会(FRB)への政治介入を強め、利下げによって雇用の回復を図るというトランプ政権の11月の中間選挙に向けた戦略を大きく狂わせかねない。
 
トランプ政権が日本の円安と債券安を警戒する中、衆院選挙中に高市首相が、「外為特会はホクホク」などと円安のメリットを強調する発言をし、円安容認発言として為替市場で円安を進めてしまった。これを受けて、トランプ政権は一段と高市政権の経済政策に懸念を強めた可能性がある。実際、円安や債券安など日本の金融市場の動揺を止めるよう、高市政権をけん制している可能性が考えられる。

金融市場の警鐘に耳を傾けよ

日本の金融市場は既に「危機モード」に入ってきた感があるが、円安と債券安を市場の警鐘として真摯に受け止め、高市政権が積極財政姿勢を修正していくのであれば、円安と債券安は修正されていき、金融市場は安定を取り戻していくだろう。それは、日本経済にとってもプラスである。
 
しかし、衆院選で世論の強い支持を得たとして、高市政権が積極財政姿勢を修正しない、あるいはむしろ強化する場合には、金融市場の混乱はさらに深まりかねない。その場合、「円安、債券安、株高」で特徴づけられる「高市トレード」は、「円安、債券安、株安」へと変容していくことが考えられる。金融市場がそのようにトリプル安、日本売りの様相を強めていけば、状況は2022年9月に英国で発生した大規模な金融市場の混乱である「トラスショック」に近づいていく。それは、日本経済、国民生活にとっても大きな打撃となる。
 
金融市場の動揺やトランプ政権の意向に配慮して、今後、高市政権が積極財政姿勢を修正するのか、あるいは維持、強化するのかは、衆院選後の金融市場の最大の注目点となるはずだ。高市政権が前者の道を選ぶことに期待したい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。