&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

米国債の売却は米国のアキレス腱をつく中国の大きな武器

2月9日の為替市場では、中国当局が銀行に米国債保有の抑制を指導した、との報道を受けてドル安が進む局面が見られた。ただし、米国に対する政治的な意図を持った措置ではない、との見方から、現時点では金融市場は比較的冷静に受け止めている。米国債市場にも大きな影響は見られない。
 
しかし、中国が保有する米国債の売却は、レアアースの輸出規制と並んで米国のアキレス腱を突く中国側の大きな武器、米国側には大きな脅威である。今後の米中関係や金融市場への影響についてはなお慎重に見極めたい。
 
9日にブルームバーグ社が報じたところによると、中国の金融監督当局は、投資の過度な集中や市場変動リスクへの懸念を背景に、銀行に対して米国債の購入を抑えるよう助言するとともに、米国債のエクスポージャーが大きい一部の銀行には保有残高の削減を求めた。他方、中国政府が保有する米国債は対象外だという。
 
昨年4月にトランプ政権が相互関税を導入し、中国との間で関税の応酬に発展した際に、金融市場では中国政府が保有する米国債を売却するのではないかとの観測が浮上した。そのくらい、中国政府の米国債売却は米国政府に大きな打撃を与えるものだ。それは長期金利の上昇をもたらし、米国経済に打撃を与える。さらに、ドルの信認を大きく低下させ、米国からの資金流出を促すきっかけになる可能性もある。

FRBへの政治介入が金融政策と通貨の信頼性を損ね、ドル安、債券安をもたらす

中国政府が保有する米国債は対象外であることを関係者が強調したことからも、今回の措置が米国に打撃を与える意図のものではない可能性は高いのだろう。しかしながら、銀行のリスク管理の側面から中国当局が懸念している点は、まさに、米国の政治、金融市場が抱える大きな問題点とリスクを捉えたものだ。
 
昨年夏より、米国ではドルの下落から資産を守る投資、いわゆるディベースメント取引が盛んになっている。その代表的な対象となっているのは金、銀などだ。これは、トランプ大統領が米連邦準備制度理事会(FRB)のクック理事の解任に動いた時期に重なる。
 
FRBに対する人事を通じた政治介入は、金融政策と通貨の信頼性を損ね、ドル安、債券安をもたらす可能性がある。トランプ大統領は、ウォーシュ次期FRB議長を通じて積極的な金融緩和を進め、11月の中間選挙までに景気浮揚につなげる戦略だろう。今後FRBへの政治介入はさらに強まり、債券安、ドル安のリスクを高める可能性がある。
 
この点から、中国当局の懸念はまさに的を射ていると言えるだろう。トランプ政権のFRBへの政治介入と高市政権の積極財政姿勢が、世界の金融市場の安定を揺るがす震源地として浮上してきている。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。