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ウォーシュ氏はトランプ大統領を裏切らない

今年5月に退任する米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長の後任にトランプ米政権が指名したウォーシュ氏は、長らくタカ派として知られてきた。2006年から2011年までFRB理事を務めたウォーシュ氏は、当時のバーナンキ議長が進めた量的緩和に反対して辞任したとされる。同氏はその後も、FRBの巨額の資産保有は金融システムを歪めているとして、バランスシートを縮小すべきだと主張してきた。
 
このようにバランスシート政策ではタカ派の主張を繰り返してきたウォーシュ氏が議長に就任すれば、トランプ大統領からの金融緩和要請を撥ね付け、FRBの独立性を守ってくれると期待する市場・金融関係者が少なくない。
 
しかし、それは希望的観測に過ぎないのではないか。トランプ大統領に指名されたということは、ウォーシュ氏は、政策金利の積極的な引き下げをトランプ大統領に約束したと考えるのが自然だろう。
 
また、トランプ大統領は、自身に抵抗して政策金利の引き下げに慎重な姿勢を示すパウエル議長を2017年にイエレン議長の後任に自ら指名したことを、かなり後悔している。同じ失敗を繰り返さないことを強く誓ったはずだ。トランプ大統領は、ウォーシュ氏が自身に忠誠を誓い、環境が許せば政策金利の引き下げを積極的に行うことを確信しているはずだ。
 
そして、ウォーシュ氏が議長に就任した後、手のひらを返すようにトランプ大統領の意に沿わないタカ派的な政策を実施すれば、現在のパウエル議長と同様に、トランプ大統領から人格否定的な発言も含め激しい攻撃を受けるはずだ。ウォーシュ氏はそれを甘受できるだろうか。

ウォーシュ氏はFRBのバランスシート政策を批判

一方、ウォーシュ氏は、FRBのバランスシート政策について自身の考えに沿って運営する可能性がある。金利政策と比べて、トランプ大統領はバランスシート政策についての関心は高くないと考えられるためだ。
 
FRBは2008年のリーマンショック(グローバル金融危機)や2020年のコロナ禍の際に、金融緩和策の一環でそのバランスシートを大幅に拡大した。バランスシートは9,000億ドルから2022年夏には9兆ドルに達したが、その後は量的引き締め(QT)によって2025年後半には6兆6,000億ドルにまで減少した。
 
ウォーシュ氏と同様にベッセント財務長官も、市場機能を損ねるFRBの債券を大量に買い入れる量的緩和策、バランスシート政策には否定的だ。同氏は、量的緩和策は「真の緊急時に限り、政府全体と連携して行うべきだ」と主張している。
 
他方でベッセント財務長官は2月8日に、FRBのバランスシート政策を批判してきたウォーシュ氏が次期議長に就任しても、FRBがバランスシートの縮小にすぐに着手するとは考えていないことを明らかにした。FRBがそうした決定を下すには、最長1年かかる可能性があると指摘している。
 
FRBは昨年12月に、金融システムに十分な流動性を確保してフェデラルファンズ(FF)金利の上昇を抑えるために、短期国債の買い入れを開始すると発表した。現状で、マネタリーベースを縮小し、金融システムへの流動性供給を絞ることになるバランスシートの縮小を進めることは難しい。

ウォーシュ氏は財務省とFRBの新たなアコード(協定)を提唱

金融市場は、ウォーシュ氏は財務省とFRBが新たなアコード(協定)を締結すべきと主張してきたことから、その内容に注目している。このアコードとは、第2次世界大戦中と戦後にかけて、政府の借り入れコストを抑えるため、短期から長期までの国債利回りに上限を設け、それを維持するためにFRBが国債買い入れを実施することを取り決めたものだ。FRBが政府の国債管理政策への協力を強いられたものであり、FRBの独立性と信認を損ねるものだったと言える。
 
しかし戦後になると経済が回復し、物価の上昇が顕著になっていった。そこで当時のトルーマン政権は1951年に、FRBが政府の国債管理政策への協力をやめ、物価の安定を目標とする本来の金融政策を独自に決めることができるようにした。この際の財務省とFRBの協定がアコードと呼ばれている。
 
ウォーシュ氏が言う財務省とFRBの新たなアコードは、これを念頭に置いたものだ。ウォーシュ氏は昨年4月に、金融危機とコロナ禍の際に実施した大規模国債購入によって、FRBは1951年のこのアコードに反したと批判している。
 
FRBが果たして長期金利の上昇を抑え政府の国債発行を助ける、国債管理政策の一翼を担う形で国債買い入れ政策を今回実施したのかどうかには疑問がある。戦前とは異なり、危機に直面し、流動性の供給と長期金利の低下を通じて経済と金融システムの安定を支える金融政策の一環として国債買い入れを実施したのではないか。
 
しかし、ウォーシュ氏の発言から推測すると、FRBは市場機能と政策信認を損ねる政府の国債管理政策への協力をやめ、バランスシートの縮小に動くべきと考えているように思える。

ウォーシュ氏はハト派の金利政策とタカ派のバランスシート政策の両立を目指すか

ただし、FRBが単純に保有する債券の削減を進めれば、長期金利の上昇を招いてしまう恐れがある。それは住宅ローンの金利上昇をもたらし、経済に打撃を与えるとともに国民からの批判を招いてしまう。それは、トランプ大統領が許さないだろう。
 
そこで、FRBがバランスシートを大幅に削減しても、長期金利が上昇しない工夫をする必要がある。この観点から、金融市場では財務省とFRBの新たなアコードは、FRBが保有する債券の平均残存期間を短期化し、長期国債を短期国債(TB)に入れ替えるものになる、との観測が浮上している。
 
財務省がFRBの保有する長期国債を期限前償還(バイバック)する一方、TBの発行を増やして財政赤字を賄う。FRBはそのTBを買い入れて長期国債に置き換えていく、というものだ。この場合、長期国債の需給がタイトになることで、長期金利の低下が期待される。他方で、FRBはTBを多く保有するようになり、バランスシートを縮小しても短期金融市場が動揺しない環境が整えば、償還見合いで急速にバランスシートを縮小することが可能となる。
 
しかしこのような形で、ウォーシュ次期議長のもとでFRBのバランスシートの見直しが進むかどうかは分からない。ウォーシュ氏は、金利政策についてはトランプ大統領の意向に沿ってハト派の政策を進める一方、バランスシート政策については、タカ派の政策を進めるという離れ技を演じるつもりかもしれない。
 
しかし、金利政策で過度に緩和的な政策をとれば、中長期の物価の安定、通貨の安定が維持できなくなると金融市場は判断し、長期金利は上昇してしまう可能性がある。
 
トランプ大統領の目を欺いて、ウォーシュ氏がハト派の金利政策とタカ派のバランスシート政策の両立を実現できるかどうか、不確実性はかなり大きい。
 
(参考資料)
「ウォーシュ氏のFRB・財務省「新協定」構想に債券市場は動揺」、2026年2月9日、ブルームバーグ

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。