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トランプ大統領は、最高裁判決後の新たな関税率を10%から15%に引き上げる考え

米最高裁は2月20日に、相互関税など国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠にする関税について、「議会の承認を得ていない関税は大統領の権限を超えている」として違法判決を下した。2つの下級審では既に違法判決が下されており、IEEPAを根拠にしたすべての国に対する相互関税と、中国、カナダ、メキシコに対する一律関税は失効した。
 
ただし、トランプ大統領は「通商法122条」を根拠として10%の新たな関税を課す大統領令に署名したことを明らかにした。24日に発効する。この10%の水準は、相互関税の一律関税部分に相当するもので、多数の小国がその対象となっている。そうした国々の関税率が引き上げられないように、トランプ大統領が当初は配慮した可能性が考えられる。
 
ところが翌21日になると突如トランプ大統領は、この10%の新たな関税を15%に引き上げる考えを示した。すべての国・地域が対象となるという。トランプ大統領は関税率をいつから15%に引き上げるかについての説明はしていないが、即時発効させるとしている。トランプ関税は、世界の企業の活動に、再び大きな不確実性を生じさせている。

10%の関税で日本の実質GDPは1年間で0.125%押し上げられる

日本については現在の相互関税率が15%であることから、新たな関税が15%に引き上げられても関税の負担は変わらない可能性が考えられる。しかし世界全体で見れば、関税率が従来より引き上げられる国と引き下げられる国とが出てくる。
 
15%の相互関税がそのままの枠組みで新たな10%の関税となる場合、日本の実質GDPは1年間で0.125%押し上げられる計算となる。一方、早期に15%に引き上げられれば、追加的な経済効果はほぼ生じないことになる。ただし、関税が15%に引き上げられるかどうかは確かではない。

IEEPAに基づく相互関税は一種の奇策だった

従来、米国の関税の根拠とされてきた通商法232条、通商法301条に基づく関税は、関税を決める前には事前に対象となる輸入品の精緻な調査を行うことを求められる。
 
一方相互関税は、ほぼすべての国、すべての品目を対象とするものだ。そのため、すべての国からのすべての輸入品目の事前調査を必要とする通商法232条、通商法301条に基づいて相互関税を課すことは現実的でなかった。
 
そこでトランプ政権が考え出した一種の奇策が、IEEPAを根拠にすることだった。これは、大統領が経済危機事態宣言を出せば、対応策を即座に実施できる。
 
ただし、この法律を根拠に関税策を打ち出した例は過去にはなく、当初からその違法性が指摘されていた。また、IEEPAを根拠にする対応策は、事前に議会との協議が必要とされているが、トランプ政権はそれを行わなかった。

150日後の恒久的な関税措置への移行には不確実性

トランプ大統領が、今回新たな関税の根拠とした通商法122条は、巨額かつ深刻な貿易赤字が発生している場合に最長150日間、最大15%の関税を認めるもので、緊急避難的に関税措置を認める規定だ。これは、政権発足前から貿易法の専門家であるグリア米通商代表部(USTR)代表が提唱していた。
 
トランプ大統領は、通商法122条に基づく新たな関税を150日間続け、その間に調査を行うことで国家安全保障を理由に関税を課す通商⁠法232条や貿易相手国に不公正貿​易を理由に関税を課す通商法301条に基づく恒久的な関税へとつなげていく考えを示している。
 
しかし既に指摘したように、これらの通商法では、関税を課す前に、商務省やUSTRによる綿密な調査が求められている。150日間ですべての国、すべての品目について、形式的ではない実質的な調査を行うことはほぼ無理だろう。
 
従って、150日後に通商⁠法232条や通商法301条に基づく恒久的な関税に移行できるかはなお不確実だ。仮に移行するとしても、対象品目をかなり縮小させる可能性があるのではないか。

トランプ関税全体の合法性が問われる

今回の最高裁による違法判決は、直接的にはIEEPAに基づく相互関税などに対するものであり、自動車、鉄鋼・アルミなど、通商⁠法232条に基づく分野別関税は対象ではない。
 
しかし、最高裁は、議会の承認を経ずに大統領が関税を決めるのは、大統領の権限を超えたものであるとの考えを示している。これに照らせば、大統領令で実施した関税策は、すべてその違法性が問われることになる。今後は関税の合法性を問う訴訟がさらに増えていくのではないか。

トランプ関税は行き詰まり感を強める

関税の行方にはなお不確実性があるが、トランプ関税は既に行き詰まりを見せており、今回の最高裁の違法判決は、縮小方向への関税見直しを加速させるきっかけとなる可能性があるだろう。
 
トランプ関税については、国内での物価高を助長するなど、国民からの批判を受けている。そうした批判に配慮してトランプ政権は、昨年11月には南米から輸入する農産物の一部を関税の対象外とした。さらに、米企業や消費者の負担に配慮して、トランプ政権が鉄鋼・アルミの関税縮小を検討しているとも報じられている(コラム「トランプ政権が鉄鋼・アルミの関税縮小を検討:経済政策は関税政策から利下げ・ドル安へと転換か」、2026年2月17日)。
 
関税策の縮小はトランプ大統領にとって政治的に打撃であるが、米国経済にはプラスであり、その結果、11月の中間選挙に向けて大統領及び共和党の支持率挽回のきっかけにもなりうるという面もトランプ大統領にはあるだろう。
 
最終的に相互関税に代わる恒久的な関税が実施されなければ、現状と比べて日本の実質GDPは1年間で0.375%押し上げられる。さらに、自動車、鉄鋼・アルミなどの分野別関税もいずれ失効するとすれば、実質GDPには+0.545%の押し上げ効果となり、日本経済には強い追い風となる。
 
関税を巡る今回の混乱は、短期的には不確実性を強めるものの、最終的には日本経済、企業にプラスとなる方向への変化と考えておきたい。

トランプ政権の経済政策の重点は関税からFRBの利下げとドル安に

トランプ政権は、11月の中間選挙への影響、議会の反応などを慎重に考慮して、新たな関税を慎重に決定するだろう。しかしいずれにしてもトランプ関税の行き詰まりはもはや明らかである。
 
トランプ政権の経済政策は11月の中間選挙も睨み、物価高など米国経済への悪影響を生じさせる関税から、景気浮揚効果とさらなる貿易赤字縮小を目指す米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げとそれに伴うドル安誘導へと、大きく軸足を移していくのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。