&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

1ドル160円阻止に成功

日本銀行は3月19日、政策金利の据え置きを決めた。対外公表文は、中東情勢の緊迫化後も利上げを継続する日本銀行の姿勢に変わりがないことを示すもので、事前予想よりもややタカ派の内容と考えられる。
 
ただしこれには、円安進行を食い止めることと、日本銀行の利上げに難色を示す高市政権をけん制する狙いがあったのではないか。この点から、実際の政策姿勢よりもややタカ派の方向にバイアスがかかった情報発信になった可能性が考えられる。
 
その後の植田総裁の記者会見にも、同様の傾向があったと考えられる。植田総裁の記者会見中にドル円レートは1ドル160円を超えるとの観測もあったが、実際には159円台前半へと円高に振れた。これは、植田総裁の記者会見の内容が、必ずしも明確ではないものの、ややタカ派的と捉えられた結果だろう。同時に10年国債利回りも幾分上昇したことから、記者会見が金融市場の利上げ観測をやや後押しした可能性が考えられる。

タカ派を演出した5つの発言

植田総裁は先行きの金融政策については明言を避ける、慎重な発言に終始したものの、部分的には利上げを示唆する発言、次回4月の利上げを意識させるかのような発言を行い、それによって円安進行を食い止めることに成功したように思われる。
 
第1に、従来発言してきたことではあるが、国内物価は近年、為替変動の影響をより受けやすくなっており、円安進行が物価上昇率を高めやすくなっている、という説明を繰り返した。これは、あらかじめ準備していた発言だろう。
 
第2に、中東情勢の緊迫化が起こる前の状態では、日本経済は比較的良好であり、日本銀行の見通しに概ね沿っていた(オントラック)と説明していた。経済が日本銀行の見通し通りであれば、2%の物価目標達成の確度が高まり、それに合わせて利上げを行うというのが日本銀行の基本スタンスだ。中東情勢の緊迫化が起こらなければ、今回の会合でも利上げを行っていた、との印象を与える発言だった。
 
第3に、原油価格の高騰は景気を下振れさせるとともに物価を上振れさせる。その結果、経済がスタグフレーション的様相を強めることから、金融政策での対応は概して難しい。しかし植田総裁は、原油価格の高騰で景気が下押しされても、基調的物価上昇率が影響を受けないならば利上げは可能、と明言した。
 
第4に、原油価格の上昇が基調的な物価上昇率に与える影響について、中長期のインフレ期待の上昇を通じて基調的な物価上昇率の上方リスクとなる面と、景気への悪影響を通じて基調的な物価上昇率の下方リスクとなる面の双方があるが、政策委員の間ではやや上方リスクを見る向きが優勢、と説明した。
 
第5に、中東情勢の緊迫化が経済、物価に与える影響を見極めるのは短期間では難しいと思われるが、4月初めの短観ではその影響がまだ十分に反映されていないのではないかとの質問が出た。これに対して植田総裁は明言を避けたうえで、支店からのヒアリング情報などからもその影響を判断し、経済・物価の従来の見通しを修正する必要があるかどうかを展望レポートに示す、と説明した。この説明では、短観と支店長会議を踏まえて、展望レポートを公表する次回4月の決定会合での利上げを念頭に置いているかのような印象を与えるものとなった。

日本銀行は当面様子見で早期の利上げは難しい

植田総裁は、金融政策は随時得られる情報を踏まえて毎回の決定会合ごとに判断するとして、次回利上げの時期については明確なヒントは与えなかった。しかし、以上のような説明を重ねることで、金融市場の利上げ期待、4月の利上げ期待をサポートしたように思われる。それを通じて円安阻止に成功したと言えるだろう。
 
しかし、中東情勢の緊迫化と原油価格の高騰、あるいは原油調達への不安などは、企業活動や消費行動などに大きな混乱をもたらしている。今後の中東情勢を見極めることに加えて、これまでの状況が経済、物価に与える影響を見極めるまでにも相当程度の時間が必要になるのではないか。
 
原油価格高騰といったサプライショックが生じる際には、様子見姿勢をとるのが中央銀行の定石だ。需要の強さなどを背景にインフレリスクが高まっている状況の下でこうしたサプライショックが起こったのであれば、早期の利上げを検討する中央銀行も出てくるだろうが、日本はそうした状況にはない。
 
発表が遅くなる経済統計だけではなく、短観や支店長会議を通じた企業の情報を踏まえて中東情勢の影響を判断するということなのであれば、4月よりも7月の決定会合の方がより適切だろう。4月時点では影響を見極めるにはまだ情報不足だ。
 
こうした点から、日本銀行の利上げは7月以降、つまり年後半になると引き続き見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。