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国家備蓄の放出を開始

高市首相は24日に、原油の国家備蓄の放出を26日に開始するとした。これは、16日に始められた民間備蓄の放出に続くものだ。放出予定総量は約850万kl、放出予定総額は約5,400億円で、国内需要の1か月分に相当する。11か所の基地から26日以降、順次放出しENEOSホールディングス、出光興産、コスモエネルギーホールディングス、太陽石油の4社が相手先となる。
 
産油国共同備蓄についても約5日分を3月中に市場に供給する。週内に国内の石油元売り企業と産油国企業が売買契約を結び3月中に放出が始まる予定だ。

ホルムズ海峡を経由しない2つの代替ルート

また、政府および企業は、ホルムズ海峡を経由しない中東からの原油の輸入の拡大に動いている。赤澤経産大臣は、ホルムズ海峡を通過しない代替ルートで日本の原油タンカーが初めて3月28日に日本に到着する見込みであることを明らかにした。4月5日にも代替ルートで日本の原油タンカーが到着、4月25日には中東以外からのタンカーが到着する見通しだという。
 
代替ルートとして、アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ港(Fujairah Port)が利用される。フジャイラ港とはUAE東部・オマーン湾(インド洋側)に面した港湾で、ペルシャ湾の出口であるホルムズ海峡を経由せずに利用できる大型港だ。アブダビの油田とつながる 「ハブシャン–フジャイラ原油パイプライン(ADCOP)」がこの港に直結している。
 
もう一つの代替ルートとして注目されているのが、紅海沿岸のヤンブー港だ。サウジアラビアの東部の油田から西部のこのヤンブー港まで、全長1,200キロメートルのパイプラインで原油が送られる。サウジアラビアは原油の多くをペルシャ湾沿岸のラスタヌラ港から輸出してきたが、イラン紛争後は、このパイプラインを使ってヤンブー港からの輸出を増やしている。
 
3月28日に到着するタンカーはヤンブー港、4月5日に到着するタンカーはフジャイラ港からのものとみられる。

中東以外からの原油調達も拡大へ

政府および企業は、ホルムズ海峡を経由しない中東産原油の輸入を拡大している。さらに、日米首脳会談時に議論された、アラスカ産を含む米国からの原油輸入の拡大に加えて、政府は、中央アジアのカザフスタン、ブラジル、カナダなどからの原油調達も検討していると見られる。それ以外にもアゼルバイジャン、ナイジェリアなども候補になるだろう。
 
3月21日時点の石油備蓄は、国家備蓄が146日分、民間備蓄が88日分、産油国共同備蓄が6日分、合計で240日分ある。これは、ちょうど8か月分であるが、事実上閉鎖が続くホルムズ海峡を経由しない新たな原油調達が拡大していく中、あと8か月で原油・石油製品が底を突いてしまうことにはならない。

ナフサの安定調達も課題に

政府は19日からガソリン補助金を始め、ガソリン、灯油、軽油、重油、航空燃料の価格を安定させている。政府は24日に、2025年度予備費から8,007億円の使用を閣議決定し、このうちガソリン補助金の財源として7,948億円を基金に充てることを決めた。
 
他方、補助金の対象ではないナフサなどから作られる石油関連製品についても、工業や農業、医療に関係するものを含むサプライチェーン(供給網)全体について、経産相を中心に対応方針を取りまとめ報告するよう、高市首相は指示したという。
 
プラスチック製品などの原料となるナフサは、原油を精製して作られる。需要量の4割を国内の精製設備からの供給、6割を輸入で賄い、そのうち7割以上を中東に依存している。
 
国内化学メーカーは、ナフサからプラスチックなどの原料を生産するエチレン製造設備の減産を開始しており、ナフサ不足による川下への影響が懸念されている。経産省によると、中東以外の米国や南米などからの輸入と官民の原油備蓄を活用した国内精製分を合わせ、ナフサは国内需要の約2か月分と見込まれる。ポリエチレンやポリプロピレンなど、ナフサの川下製品の在庫も国内需要の約2か月分と見積もられている。
 
経済活動の安定維持の観点から、原油、ガソリンのみならず、ナフサの海外からの確保や価格の安定も喫緊の課題だ。
 
(参考資料)
「ホルムズ海峡通らない原油タンカー、日本に28日に到着予定」、2026年3月24日、ブルームバーグ
「中東混乱収まらず、日本政府は試行錯誤-ナフサ確保や原油先物への介入」、2026年3月24日、ブルームバーグ
「経産省、ナフサの供給状況を公表 川下製品の在庫は約2カ月」、2026年3月17日、日刊自動車新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。