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代替調達が進んでも容易に解消しない目詰まり

高市総理大臣は、4月7日時点で143日分ある石油の国家備蓄を5月上旬に追加で20日分放出する、と表明した。政府は3月26日に第1次の国家備蓄放出を始めていた。
 
ホルムズ海峡の事実上の封鎖によって原油の輸入が大幅に減少する中、国内の石油備蓄を放出することで、供給不安の緩和が図られている。一方で政府は、原油や原油から作られ様々な石油製品の原料となるナフサを、ホルムズ海峡を経由しない代替ルートから調達する取り組みを進めている。
 
政府は、5月には前年実績比で過半の原油の代替調達に目途が立ったとしている。原油の代替調達が増えれば、石油の国家備蓄放出を減らすことができ、その結果、日本で原油が枯渇してしまう時期を先送りできる。政府は、代替調達の拡大によって、年を越えて原油の供給を確保できる目途がついたとしている。さらに、ナフサについても、国内需要の4か月分を確保できたが、中東以外からの輸入を倍増することによって、川中製品在庫を活用できる期間を半年以上に延伸できた、としている。
 
こうした代替調達の増加によって、原油やナフサが直ぐに深刻な供給不足に陥るリスクは低下している。しかし、それだけで川中の原材料や川下の石油関連製品の供給不足が一気に解消できるわけではないだろう。実際、政府も、流通段階において「一部に供給の偏りや目詰まりが生じている」と説明している。

ナフサの種類、成分構成は様々

政府が説明する「原油、ナフサを需要の一定割合、あるいは一定期間確保できた」というのは、あくまでもマクロ的な計算の結果であり、ミクロの観点、つまり個々の企業レベルでは供給不足への懸念がなお続いている。
 
多くの化学企業は、ナフサから作られるエチレンなどの減産を3月に決めたとされる。政府がナフサの確保が進んだという説明をしてもなお、現時点では減産の動きは続いている。その結果、エチレンから作られる日用品、例えばレジ袋・ゴミ袋、食品包装フィルム、洗剤・シャンプー容器、ペットボトル、医療用チューブ・袋、医薬・化粧品原料などの供給が減少し、一部で価格の上昇がみられ始めている。
 
企業がエチレンなどの減産を続けるのは、ミクロの観点によるナフサの調達懸念の継続とナフサの価格高騰の影響があると推察される。それらは経済合理性に基づく企業の判断だ。
 
国全体でナフサの総量が一定程度確保されても、個々の化学企業が必要とするナフサが確保されるとは限らない。ナフサは種類別、用途別に多様である。軽質ナフサはエチレン、プロピレンの製造に用いられ、最終的にはポリ袋、食料包装材などになる。重質ナフサはベンゼン、トルエン、キシレンの製造に用いられ、最終的には塗料・接着剤・溶剤、ペットボトル、ポリエステル繊維になる。また、軽質+重質が混在するフルレンジ・ナフサは、柔軟な設備を持つ石化プラントで使われ、最終的には軽質ナフサ、重質ナフサと同様な製品が作られる。

個々の化学企業にとって必要なナフサの調達への不安は残る

国内産のナフサは、主に中東産の輸入原油から製造される。日本が従来使用してきたのは、中東産の輸入原油から日本で製造したナフサと、中東から直接輸入したナフサが主流であり、それらが合計で全体の約8割を占めたとされる。
 
しかし米国、アジアなど他の地域から輸入されるナフサは成分が異なっている。そのため、代替ルートでナフサの調達を増やし、総量は確保できても、化学企業が保有する設備に適合し、また最終製品のニーズに対応した種類、成分構成のナフサが十分に確保できたとは限らない。
 
米国本土から軽質油を確保できても、中東産の重質油に対応した国内の石油精製設備では精製に支障が生じる面があるが、同様のことがナフサについても言えるのではないか。
 
そのため、個々の化学企業にとって必要なナフサの調達への不安は残り、減産は続けられる。その結果、ナフサ由来の日用品の供給不足と価格上昇はなお続くことが予想される。

ホルムズ海峡再開まで目詰まりは続くか

エチレンなどの減産の動きが続くもう一つの理由は、ナフサの価格上昇にあるだろう。原油価格の上昇に連動してナフサの価格も大幅に上昇しているが、企業はナフサから作られるエチレンなどの価格に、ナフサの価格上昇分を十分に転嫁できずに赤字になってしまう可能性がある。あるいは、仮に価格転嫁ができて利益が確保されても、エチレンやそこから作られる川下の製品の価格が大幅に上昇することで需要が落ち込んでしまう可能性もある。つまり、エチレンを製造しても売れずに在庫になってしまう可能性がある。
 
このように、必要なナフサの調達への不安とナフサの価格上昇の影響から、企業は減産を続けていると考えられる。一度生産を止め設備の稼働を止めてしまうと、再開するときのコストがかかるため、採算ラインぎりぎりの水準で設備を稼働させている企業が多いと推察される。
 
このように、総量としてのナフサを日本全体では一定程度確保できても、いわゆる「目詰まり」は容易に解消されない。企業が必要とするナフサの安定した調達先、いわゆるサプライチェーンは、長い間に形成されてきた緻密なものであり、経済合理性に基づいて完成されたものだ。そのため、短期間でそれを見直すことは難しいだろう。
 
ホルムズ海峡が再開されることで、個々の企業が必要とする種類、成分のナフサを再び安定的に調達できるようになる、また世界的に原油とナフサの価格が安定化することがない限り、ナフサを巡る「目詰まり」は早期には解決できないのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。