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原油価格は一時急落の後に戻す

日本が週末の間に、米国とイランを巡る情勢は大きく変動した。米国時間17日の取引でWTI原油先物価格は急落し、一時1バレル80ドル台半ば程度と、70ドル台入りも視野に入れる動きとなった。
 
米国の仲介によって16日にイスラエルとレバノンとの間で10日間の停戦が成立したことを受け、イランは米国との間の2週間の停戦合意を再び履行する姿勢を見せた。イランのアラグチ外相は、「レバノンの停戦に合わせ、停戦の残りの期間(4月21日まで)はあらゆる商船のホルムズ海峡通航を完全に開放すると宣言する」とした。これを受けて、原油価格は急落した。
 
しかし、トランプ大統領は、こうしたイラン側の動きを歓迎しつつも、米海軍によるホルムズ海峡封鎖は「イランとの取引が100%完了するまで」継続するとくぎを刺した。これを受けて、原油相場は下げ幅をやや縮小した。
 
さらに、米国のこの決定を受けてイランの軍事当局は18日に、ホルムズ海峡について、「以前の状態に戻り、厳格な管理・統制下に置かれた」と表明した。一転して「再封鎖」した形だ。その結果、原油価格は再び上昇している。
 
20日朝のアジア市場で、WTI原油先物価格は1バレル88ドル程度での推移となっている。

米国とイランの第2回協議の開催が不透明に

市場が注目するのは、初回には物別れに終わった米国とイランの第2回協議の行方だ。日程が確定していないが、2週間の停戦合意が21日に失効する前の19日にも、再びパキスタンで行われる可能性が高いとみられていた。しかしそれは実現しなかった。
 
トランプ大統領はパキスタンの首都イスラマバードに交渉団を派遣すると明らかにした一方、イラン国営通信は19日に、イランが米国との第2回協議への参加を拒否したと伝えた。米国による過剰で非現実な要求に加え、「海上封鎖を停戦違反とみなしている」ことをその理由に挙げている。
 
トランプ大統領は、米国がイランと共同で同国の濃縮ウランを回収し、その後米国に移送すると語っている。イランがウラン備蓄を引き渡せば、その見返りに米国がイランに対して凍結資産200億ドル(約3兆1600億円)へのアクセスを認めると提案したと報じられている。
 
協議では、核問題、ホルムズ海峡の船舶の通航再開、イランへの制裁・資産凍結の3つが主な争点となる。核問題で、米国はウラン濃縮の停止、関連施設の解体を要求する一方、イランはウラン濃縮の権利維持を主張してきた。米国は、核兵器不保持というレッドラインは譲らない構えであり、両者の意見の対立はなお大きいとみられる。
 
そうしたなか、米国とイランの第2回協議が開催されず、2週間の停戦合意が21日に失効し、両国間での戦闘が再開される可能性も出ている。

協議の行方についての3つのシナリオ

両国間で再び協議が開催される場合、その行方についてのシナリオは大きく3つ考えられるだろう。第1は、対立する論点で両者が妥協しあい、最終的な戦争終結が合意される。第2は、対立は残るが継続協議となり、停戦合意はさらに2週間など延長される。第3は、両者が決裂する。
 
最も可能性が高いのは第2のシナリオとみたいが、原油市場、金融市場は既に第1と第2のシナリオの中間程度を織り込んでいるのではないか。そのため、第3のシナリオとなる場合に、市場が悲観方向に振れる余地が大きいだろう。

円安修正で日銀の利上げ見送りの可能性はさらに高まるか

17日の米国市場では、原油価格の下落とともにドル円レートは一時1ドル157円台半ばまで円高が進み、米国によるイラン攻撃開始直前の156円程度の水準に接近した。
 
その後、原油価格の上昇とともにドル円レートも再び円安方向に振れたが、20日朝のアジア市場では1ドル159円と1ドル160円程度のクリティカルラインからは多少の距離を残している。これは、日本銀行が4月28日の次回金融政策決定会合で利上げを見送っても、1ドル160円を超えて円安に弾みがついてしまうことへの懸念を低下させるものだ。足もとの円安修正の結果、日本銀行の利上げ見送りの確率はさらに高まる可能性がある。このように、日本銀行の利上げの可能性は、イラン情勢と原油価格を受けた為替の動きに左右される。
 
そして、イラン情勢の改善見通しが高まり、原油価格が低下すれば、円安の修正を通じて日本銀行の利上げ見送りの可能性が高まる。この3つの要因が同時に日本株の後押し材料となる。逆にイラン情勢の見通しが悪化すれば、3つの要因がともに日本株の逆風になり得る。株式市場の動向も、イラン情勢に大きく左右される情勢が依然として続く。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。