&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

日本銀行は物価見通しを大幅に上方修正する一方で利上げを見送り

日本銀行は4月28日の金融政策決定会合で、追加利上げの見送りを決めた。4月初めの時点で、金融市場は7割以上の確率で4月28日に0.25%の利上げが実施されると予想していたが、その後、総裁の講演などの日本銀行の情報発信を通じて利上げ期待は修正され、会合直前には利上げ期待はほぼなくなっていた。
 
今回はイラン情勢を受けた原油不足、原油価格上昇の影響を見極めるために日本銀行は利上げを見送った、と考える向きが多い。しかし、昨年12月の前回の利上げから4か月程度しか時間が経過していないことから、そもそもこのタイミングでの利上げ観測は行き過ぎていたとも言えるだろう。
 
利上げ見送りは予想通りであったが、利上げ実施を主張して政策金利の据え置きの議案に反対する委員が、前回の1人から3人に増えたこと、物価見通しが大幅に上方修正されたことを受け、日本銀行の利上げに前向きな姿勢が確認されたとして、為替市場では円が買われた。

スタグフレーション的経済状況の見通しが強まる

同時に発表された展望レポートでは、2026年度の消費者物価上昇率(除く生鮮食品)見通しの中央値は、+2.8%と前回1月の+1.9%から予想以上の大幅上方修正となった。2027年度についても+2.3%と、前回1月の+2.0%から上方修正となった。新たに公表された2028年度の見通しは+2.0%だった。
 
2026年度と2027年度の上昇修正幅は合計で1%を超えると筆者は予想しており、日本銀行の今回の修正には違和感はない。原油価格の高止まりが続けば、物価見通しの上方修正の動きは、次回7月の展望レポートでもなお続く可能性が考えられる。
 
一方、2026年度の実質GDP成長率見通しの中央値は、+0.5%と前回1月の+1.0%から0.5%ポイントの大幅下方修正となった。2027年度については、+0.8%から+0.7%に小幅下方修正された。
 
2026年度を中心に、物価上昇率見通しの上方修正幅と成長率見通しの下方修正幅は予想以上となり、全体として、日本銀行の見通しはスタグフレーション色を一気に強めている。
 
物価見通しを大幅に上方修正する中で追加利上げを見送った理由として、日本銀行は、原油価格の大幅上昇が一方で経済を下振れさせ、また金融市場を不安定にさせるリスクがあり、現状ではそうしたリスクを見極める必要があることを今後挙げることが予想される。

物価目標の達成時期の記述に注目

展望レポートでは、成長率と物価の見通しに加えて、消費者物価の基調的な上昇率が2%の「物価安定の目標」と整合的な水準に達する時期、つまり物価目標達成時期についての記述も注目された。
 
前回1月の展望レポートでは、その時期は「見通し期間後半」とされていた。しかし、今回の展望レポートでは予測期間が2028年度まで延長されたため、そのもとで、物価目標達成時期の記述を「見通し期間後半」に据え置けば、目標達成時期の見通しが事実上先送りされることになる。実際には、「2026年度後半から2027年度にかけて」と表現が修正され、目標達成時期の見通しは事実上維持された。
 
トランプ関税の影響から金融市場が混乱した直後の昨年5月1日に公表した展望レポートでは、予測期間が1年延長される中、それまでの「見通し期間後半」という表現が据え置かれた。これは、物価目標達成時期の判断を事実上後ずれさせたことを意味した。実際、日本銀行は、トランプ関税を受けて利上げを事実上一時停止したのである。
 
次回6月の会合の対外公表文でも、引き続き物価目標達成時期の記述が修正されるかどうかが大いに注目される。

イラン情勢を受けた利上げ見送りは自然なこと

原油価格上昇による物価上昇は、いわゆるサプライショックの物価高である。それは、同時に経済を下振れさせるため、物価の安定と経済の安定の双方を使命とする中央銀行にとって、どちらのリスクに配慮して政策を決めれば良いかはすぐには判断できない。
 
そこで、サプライショックによる物価高の際には、中央銀行は様子見するのが定石だ。日本銀行は今回の決定会合が近づく中で利上げ見送りを決めた印象があるが、実際には3月時点で既に4月の利上げ見送りを決めていた可能性が考えられる。既に指摘したように、昨年12月の前回の利上げから4か月程度しか時間が経過していないこともその理由の一つだ。
 
金融市場が4月の決定会合での利上げ期待を一時強めたのは、3月19日の前回会合後の記者会見で植田総裁が、イラン情勢を受けても日本銀行の利上げ方針に変化がないことを強調したことが起点となった。その後、「主な意見」などから政策委員が利上げに前向きな姿勢が確認されたことから、金融市場は早期利上げ観測を強めた。日本銀行はそうした金融市場の観測を修正せずにしばらくは放置したのである。

タカ派的な情報発信の2つの狙い

日本銀行は、その本音とは異なり、早期利上げに前向きな、タカ派色の強い情報発信を意図的に行った可能性があるのではないかと推察される。その狙いは2つ考えられる。
 
第1は、日本銀行の利上げをけん制する高市政権への対抗だ。高市政権は、昨年までのように、公式の場で日本銀行の利上げをけん制することは控えるようになった。それは、利上げけん制が円安傾向を助長してしまうからだろう。
 
しかし水面下では、高市政権は日本銀行の利上げを引き続き強くけん制している可能性が考えられる。イラン情勢を受けてその傾向は一段と強まっているのではないか。4月28日の金融政策決定会合に城内経済財政担当相が出席したのも、日本銀行の利上げに向けた議論をけん制する狙いがあったのではないか。
 
政権に利上げを封じ込まれないように、日本銀行はタカ派的な情報発信を行ってきたことが考えられる。政策委員の3名が政策金利据え置きに反対したことも、政府による利上げけん制に反発した結果であることも考えられるだろう。
 
第2は、利上げ期待の後退が円安を促し、1ドル160円の水準を超えて円安に弾みをつけてしまい、それが物価上昇リスクを高めることを日本銀行が強く警戒していることが考えられる。

利上げの一時停止の可能性も

金融市場では、6月の次回決定会合で日本銀行が追加利上げを実施するとの観測が強い。日本銀行も上記の理由から、そうした観測をしばらく容認するだろう。
 
しかし、原油・ナフサ不足や価格高騰が日本経済に深刻な打撃を与える可能性が残る中、実際には、日本銀行は当面、様子見姿勢を続けることになるのではないか。筆者は、7月あるいは9月といった年後半の利上げを引き続きメインシナリオとする。
 
しかし、イラン情勢が改善しない中、原油・ナフサ不足や価格高騰による物価高傾向が続く場合、さらに金融市場が混乱する場合には、日本銀行は昨年のトランプ関税と同様に、利上げを一時停止する可能性も出てくるだろう。
 
6月の次回決定会合の対外公表文で、消費者物価の基調的な上昇率が2%の「物価安定の目標」と整合的な水準に達する時期について、つまり2%の物価目標達成時期について、「2026年度後半から2027年度にかけて」から「見通し期間後半」へと記述が修正される可能性があることにも留意しておきたい。
 
その場合には、次回の利上げ時期はさらに後ずれし、今年10月あるいは12月になる可能性もあるのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。