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ガソリン価格の高騰が米国の個人消費にどの程度の打撃を与えるかは、中東情勢緊迫化を受けた原油価格高騰が世界経済に与える影響を占う際に、最も注目される点だ。昨年、米国の雇用情勢は悪化傾向を示した。年明け後には改善の兆しが見られるが、なお先行きは不透明だ。
 
1-3月期の米国実質GDPは、前期比年率+2.0%と潜在成長率並みのそこそこの成長率となったが、実質個人消費は+1.6%と比較的低調な成長率にとどまった。背景には、分配の偏りがあるだろう。
 
労働省が5月7日に発表したデータによると、労働報酬(賃金とフリンジベネフィット(福利厚生)の合計)は1-3月期に年率換算で3.1%増加したが、インフレを調整した実質では0.5%の減少となった。総付加価値に占める労働分配率は54.1%に低下し、1947年の統計開始以来の最低水準となった。このように脆弱な雇用、所得環境のもとで生じたガソリン価格の高騰が、米国の個人消費をより減速させる可能性は十分に考えられる。
 
しかし米国経済全体を見れば、環境は悪くはない。1-3月期の米国実質GDPで個人消費はやや低調であるなか、住宅投資、オフィスビル・工場などの事業用構築物への投資、トラックや航空機などの輸送機器への投資はいずれも減少した。一方で、テクノロジー機器への投資は43%増、ソフトウエアは23%増、データセンター建設は22%増といずれも急増した。コンピューター関連支出が1-3月期の2%成長のうち1.7ポイント寄与したとの試算もある。つまり、AI関連が米国の成長率を大きく押し上げているのに対して、それ以外の分野は低調である。
 
AIによるゆがみは経済だけでなく、株式市場にも及んでいる。原油価格上昇のもとでもS&P500種指数が最高値を更新したのは、同指数の時価総額の3分の1以上を占めるテクノロジー企業「マグニフィセント・セブン」が、イラン攻撃以降7%上昇したことがある。時価総額のウエイトではなく、500銘柄の均等加重では、指数は実際にはわずかに下落している。
 
ファクトセットの試算によると、S&P500種指数全体の1-3月期の利益は27%増と急増する見通しだ。しかしマグニフィセント・セブンだけでは61%増であり、残りの493社は16%増にとどまる見通しだ。
 
このように、米国経済、そして米国の株式市場はまさにAIの一本足で支えられている状況だ。AIブームが終われば、米国経済そして株式市場の脆弱性が一気に表面化するだろう。日本の株式市場も米国のAIブームと一蓮托生の状況だ。
 
(参考資料)
AI Is Distorting Practically Everything About the Economy (AIが歪曲する米経済の現実), May 11, 2026, Wall Street Journal

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。