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総裁は原油価格高騰に利上げで対応することに慎重か

日本銀行は5月27日に、金融研究所主催の「2026年国際コンファランス」を開催した。そこでの植田総裁の挨拶で、次回6月の金融政策決定会合での金融政策について何らかの示唆があるか、金融市場は注目していた。

今後の金融政策についての具体的な言及はなかったものの、原油価格の高騰で物価上昇率は高まるとしても、必ずしも利上げを急がないとのニュアンスが示されたと受け止められる。

植田総裁の挨拶は、過去のオイルショックなど供給ショックによる物価上昇の経験を分析する内容だった。第1次オイルショックの際には、日本銀行の利上げが遅れたことで、賃金・物価のスパイラルが生じたとの分析が示された。この点を踏まえると、足元の原油価格上昇に対して日本銀行は遅れることなく利上げを実施することが必要、との判断がなされているようにも見える。

しかし総裁は、原油価格の高騰が賃金・物価のスパイラルを通じた持続的な物価上昇率の上振れにつながるかどうかは、初期条件、つまり原油価格の高騰が生じる前の賃金・物価環境に左右されるとしている。第1次オイルショックが生じる前には、既にインフレリスクは高まっており、第1次オイルショック前の日本銀行の利上げが遅れていたことが問題、との認識が示唆された。

植田総裁は、近年の価格上昇について「1970年代前半のような賃金・物価スパイラルは起きていません」と、第1次オイルショック時との違いを強調し、「中長期の予想物価上昇率は、(略)長期的に陥っていたゼロ近くの水準から 1.5~2%台へと緩やかに上方シフトしたのみです」と述べている。

基調的な物価上昇率はなお安定した状況にあることから、日本銀行が利上げを急がなくても「ビハインド・ザ・カーブ」つまり、物価上昇率の過度な上振れを容認してしまうことにはならない、との趣旨の発言をしている。さらに、「中央銀行は原油価格を単独でみるべきではない」とし、原油価格の高騰のみを受けて利上げを判断してはいけないとの考えを示している。

原油価格高騰などの供給ショックに対して様子見が中央銀行の定石か

実際、原油価格高騰などの供給ショックは、短期的に物価上昇率を押し上げる一方、景気を下振れさせる。物価と経済の安定の双方を使命とする中央銀行は、物価上昇と景気下振れのどちらのリスクが大きいかを見極めるため、様子見をするのが定石だ。実際、主要中央銀行は中東情勢緊迫化以降、金融政策の変更を行っていない。

さらに日本などアジアの国は、原油・ナフサの不足から、経済が急速に縮小を強いられる潜在的なリスクにさらされている

日本銀行が利上げしても、原油価格を下げることはできない。中央銀行の利上げは需要の抑制を通じて物価の安定を図るものであり、需要ではなく供給側の要因で物価上昇率が高まる場合には、金融政策では直接対応できない。

そうした場合に中央銀行が利上げを行うのは、供給ショックによる物価上昇が、予想物価上昇率や賃金上昇率を上振れさせることで、持続的な物価上昇率の上振れに転嫁してしまうリスクがある場合だ。それを食い止めるという姿勢を示し、心理的な影響を通じて物価上昇リスクを抑えることを狙うのである。

しかし現状では、原油価格高騰が予想物価上昇率や賃金上昇率の上振れをもたらしている証拠はない、というのが総裁の考えだ。今回の総裁の挨拶が示しているのは、日本銀行の執行部は、6月の利上げに慎重、ということだろう。

非執行部主導で利上げが決まる初めてのケースとなる可能性も

一方、日本銀行の政策委員会内での非執行部、つまり審議委員の見解は異なる。利上げ見送りを決めた4月の決定会合では、3人の審議委員が利上げを主張した。さらにその後の講演では、別の2人の審議委員が早期の利上げに前向きな発言をしている。

現時点で金融政策の採決を実施すれば、議長である総裁が『利上げ見送り』の議長案を提出しても、9人の政策委員のうち5人の審議委員が利上げに賛成した場合、その見送り案への賛成は総裁、副総裁などの執行部と他の1人の審議委員にとどまり、多数決で利上げが決まってしまう可能性がある。

そうした可能性が高まると判断すれば、執行部は議長案を利上げ見送りから利上げへと修正し、議長案が否決される事態を回避することになる。それは、非執行部主導で政策変更が決まる、新日本銀行法のもとでは初めてのケースとなるだろう。

原油価格高騰に対する金融政策対応では、執行部と非執行部との間で意見が分かれている。原油価格高騰に単純に利上げで対応することに慎重な見方を示した今回の総裁の挨拶は、日本銀行の非執行部に対するメッセージでもあり、6月の利上げの主張の翻意を促すものである可能性も考えられる。

また、執行部と非執行部との間でのこうした意見の相違は、利上げに否定的とみられる政府の圧力を直接受ける執行部とそうでない非執行部の違い、という側面もあるのではないかと推測される。

いずれにせよ、6月の金融政策決定会合に向けて、日本銀行内部では調整が進められることになる。金融政策決定会合までにその結論は出され、事前にそれを対外的に示す情報発信がなされるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。