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半数が年内利上げを予想

米連邦準備制度理事会(FRB)は6月17日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を、予想通りに3.50%~3.75%に据え置くことを決定した。据え置きは4会合連続であり、決定は全会一致だった。今回の会合には5月に就任したウォーシュ議長が初めて参加した。パウエル前議長はFRB理事として出席した。
 
最も注目されたのは、四半期ごとに公表される‌金利・経済見通しで、年内の利上げ方向が示されたことだ。FOMC参加者の政策金利の見通しを示すいわゆるドットチャートでは、18人のうち半数の9人が今年年末までに0.25%の利上げを予想した。残りのうち8人が政策金利の据え置き、1人が利下げを予想した。前回3月には利下げの見通しが示されていたことから、今回は政策方針の転換が示唆された。
 
今回のドットチャートでは、19人のFOMC参加者のうち18人しか予測を提出し‌ないという異例の形となった。公表されていないが、予測を提出し‌なかったのは、ウォーシュ議長の可能性が高いとみられている。
 
ウォーシュ議長は先行きの金融政策の方針を予め示すという情報発信のあり方に以前から疑問を呈してきた。不確実な予想を示すことで、金融市場の見通しを誤った方向に誘導してしまうことが問題だと考えている。
 
今回の声明文では、将来‌の金利動向を巡るフォワードガイダンスが削除されており、ウォーシュ議長によるコミュニケーション改革は既に始まっている。
 
ウォーシュ議長は声明からフォワードガイダンスを削除し‌た理由について、「現在の経済状況には適していない」‌「次に何を行うか前もって示すことはできない」と述べ、今後の金融政策については、「6週間後に再び会合を開‌く。そのときに改めて議論する」と述べた。

FRBの情報発信はグリーンスパン時代に戻るか

バーナンキ元議長の下、FRBは先行きの金融政策の方針について金融市場に丁寧に伝える情報発信手法が強化され、その後の議長にも引き継がれた。ウォーシュ議長はこうした方針を見直し、事前の情報発信を簡素化する方向だ。これは、FRBの情報発信戦略がグリーンスパン元FRB議長の時代に戻ることを意味するだろう。
 
ウォーシュ議長は情報発信手法以外にもFRBの業務改革を進める考えで、5つの作業部会(タスクフォース)を設置する考えを明らかにしている。それは、FRBのバランスシート、対外コミュニケーション、データソース、生産性と雇用、インフレ目標の枠組みなど重要な政策分野に及ぶ。
 
ウォーシュ議長がドットチャートを示さなかったのは、トランプ大統領から利下げを強く期待される中、自身のスタンスを明確に示さずに、トランプ大統領及びFOMC内からの批判を共に避ける狙いがあったのではないか。この先、ウォーシュ議長は利上げ回避と利下げ方向の議論をFOMCでは展開することが予想される。

FRBの金融政策の方向性がドル円レートを動かす最大の要因に

今回のドットチャートは、過去数日の米国とイランの戦闘終結に向けた協議の進展と原油価格の大幅低下の影響をまだ十分には反映していない可能性が考えられる。この点から、FRBが利上げ方向に明確に舵を切ったとは言い切れない。
 
原油価格の下落を受けて、早期に米国のガソリン価格は低下に転じるだろう。その後、エネルギー価格以外の価格の動向が、FRBの政策を左右することになる。また、足もとで示される雇用情勢の改善傾向が続くかどうかも重要だ。
 
米国とイランの戦闘終結に向けた協議の進展と原油価格の大幅低下、16日の日本銀行の利上げ決定という大きな環境変化を受けても、ドル円レートは160円台で膠着状態を続けている。今後は、FRBの金融政策の方向性が、ドル円レートを動かす最大の要因になってきた。
 
しかし、ウォーシュ議長のもと、FRBが先行きの金融政策に関する情報発信をより縮小させることで、金融市場の予見可能性は低下し、その結果、金融市場のボラティリティは高まることも考えられる。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。