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17の戦略分野で2040年度までの官民投資総額は370兆円程度に

政府はこの夏に成長戦略の策定を目指している。その柱となるのが、17の戦略分野の官民投資である。報道によれば、2040年度までの官民あわせた投資総額は370兆円程度が想定されているという。これは2025年の名目GDPの約56%にも及ぶ巨額のものだ。さらに、分野ごとに投資内容・時期を含む「官民投資ロードマップ」の作成が進められている。
 
政府の成長戦略における17分野(戦略分野)は、以下の通りである。1)AI・半導体、2)造船、3)量子、4)合成生物学・バイオ、5)航空・宇宙、6)デジタル・サイバーセキュリティ、7)コンテンツ、8)フードテック、9)資源・エネルギー安全保障・GX、10)防災・国土強靱化、11)創薬・先端医療、12)フュージョンエネルギー(核融合)、13)マテリアル(重要鉱物・部素材)、14)港湾ロジスティクス、15)防衛産業、16)情報通信、17)海洋
 
政府が特定の産業の育成、促進に関与していく産業政策は、多くの国でも採用されており、日本でも長らく続けられてきた。石破前政権も半導体分野への補助金、融資、融資保証などを進めた。
 
産業政策を通じて、産業構造の転換、国際競争力の向上、新規需要の創出、中期的な成長力の強化を目指すことには意義があるだろう。
 
しかし、現政権が掲げる「17分野成長投資」には幾つかの問題点があり、今後は慎重な設計と施策の推進が必要なのではないか。

対象分野と目的を絞り込むべき

第1の問題点は、17という広範囲な分野を対象としていることだ。対象分野が多すぎると優先順位が不明確になる。広くて浅い支援で終わってしまい、実効性が高まらない恐れがあるだろう。対象分野をもっと絞り込むべきではないか。
 
第2の問題点は第1とも重なるが、戦略分野と位置付けることの狙い、目的が多様であることだ。戦略分野には、1)AI・半導体、3)量子のような先端分野もあり、先端産業を支援する狙いがある。他方、2)造船のように従来型の産業もあるが、その狙いは他国への依存度を減らす、経済安全保障政策の強化だろう。さらに、10)防災・国土強靱化、15)防衛産業などは、国民の生命と安全を守る「危機管理投資」である。
 
多様な狙いのもとで数多くの戦略分野が挙げられており、焦点が絞られていない。この点も、戦略の実効性を低下させる恐れがあるのではないか。

政府債務増加のリスク

第3の問題点は、2040年度までの官民あわせた投資総額370兆円程度と巨額の投資を想定していることだ。計画で官民の内訳は明らかではないが、政府の投資額が多ければ、財政悪化につながる。他方、民間の投資額が大きければ、それは実行されない可能性がより高まる。つまり絵に描いた餅に終わってしまうのではないか。
 
政府の投資は概して景気刺激効果は小さく、非効率なものが少なくない。巨額の投資を行っても、民間の投資がそれほど伸びず、成長促進効果と税収増効果が限られれば、結局、巨額の政府債務増加だけが残る結果になりかねない。

経済を非効率にするリスク

第4の問題点は、経済安全保障の強化にある。17の戦略分野の中で、政府は重要分野については、海外からの輸入への依存を下げるために、政府が国内でのインフラ投資を拡大させ、国内生産の拡大を促すことが志向されていると考えられる。
 
しかし、国内生産に適さないものを無理に国内で生産することは、その分輸入を減らし、貿易を縮小させてしまう。これは自由貿易を国是とする日本としては問題ではないか。
 
また国内生産の拡大は、経済の効率性を下げるとともに、物価を押し上げてしまう面もある。トランプ関税によって、海外から輸入される安くて良質の製品を無理やり高い人件費の米国で生産される高い製品に転換させることと同じ問題が生じかねない。それは日本の消費者の負担となるだろう。
 
第5の問題は、政府の関与や支援が強まることで、民間企業の自助努力、イノベーションが削がれてしまう恐れがあることだ。これは、特に日本の産業政策が陥りやすい問題なのではないか。

なぜインバウンド戦略が入っていないのか

第6の問題は、有望な成長分野であるインバウンド需要(訪日客消費)の拡大が、この17分野に入っていないことだ。2025年にインバウンド需要は約9.5兆円と名目GDPの1.4%にも達した。しかもなおも高成長を続けている。現在政府は、海外からの訪日客の呼び込み、国内での消費の高付加価値化、地方への誘客等を進めているが、戦略分野に位置づけてさらに推進すべきではないか。
 
このように、政府が主導する17分野の成長戦略投資には、多くの課題があるように感じられる。いたずらに政府が企業活動に関与するよりも、企業の投資を最大限引き出すような環境整備を行うことが政府の重要な役割だろう。政府が直接投資を拡大するのではなく、労働市場改革、少子化対策、インバウンド戦略を通じて日本の中長期の成長期待を高め、民間設備投資の拡大へとつなげる取り組みが重要である。それこそが本当の成長戦略なのではないか。
 
(参考資料)
「2040年度までの17分野の官民投資額 370兆円規模を想定」、2026年6月18日、NHKニュース

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。