&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

完全に裏目に出たサプライズ戦略

日本銀行は、10年前の2016年1月~6月に開催された金融政策決定会合の議事録を、7月15日(水)の午前8時50分に公表する。日本銀行がマイナス金利政策の導入を決めた、2016年1月29日の会合の議事録も含まれる。マイナス金利という異例の金融政策の導入に関わる議論の一端を知ることができる。
 
マイナス金利政策は、導入決定時には「黒田バズーカ第三弾」とも呼ばれた。2013年4月の「量的・質的金融緩和」が第一弾、2014年10月の「量的・質的金融緩和の拡大」が第二弾である。
 
この2つの政策は、円安、株高など金融市場には一定程度の影響を与えたものの、最も重要な経済・物価に与える影響は明らかには見られなかった。そこで、起死回生策として日本銀行が勝負に出たのが、このマイナス金利政策という奇策だった。
 
当時は、マイナス金利政策の導入を決める直前まで、黒田総裁は国会で政策金利の引き下げを明確に否定していた。この決定は、円安、株高などを引き起こし、それを通じて経済・物価に好影響を与えることを狙ったサプライズ戦略だったと言える。
 
しかし、この奇策は、銀行の収益を悪化させるとの見方から銀行株の下落を引き起こすなどし、円安、株高の流れはわずか数日で巻き戻された。結局、円安、株高を狙ったサプライズ戦略は完全に裏目に出て、金融市場や金融機関には大きなネガティブ・サプライズを引き起こしてしまった。

サプライズ戦略の失敗は現在の日本銀行の情報発信手法にも影響

米連邦準備制度理事会(FRB)のウォーシュ議長は、金融政策の先行きの方針を示すフォワードガイダンスに否定的であり、情報発信のあり方を見直す考えを示している。このことは、中央銀行の情報発信に関する議論を、世界中で引き起こしている。
 
日本銀行は、マイナス金利政策決定時にサプライズ戦略が完全に裏目に出て、金融機関からも強い批判を受けたことから、その後、サプライズ戦略を封じたように見える。現在でも、政策変更の有無を、決定会合前に金融市場に事実上伝えることが定着しているように見える。
 
ただしこの点については、決定会合前に政策が決まっているとの印象を与えるものであり、決定会合を形骸化している、との批判も出ている。

マイナス金利政策の問題

マイナス金利は、銀行の貸出を促すなどの期待された効果をもたらさず、経済、物価への影響はほとんどなかったと考えられる。他方でその副作用については当初から多く指摘されていた。
 
第1の副作用は、マイナス金利政策の導入は、「量的・質的金融緩和策」のもとで進められてきた大量の国債買入れ策と矛盾する面があり、国債買入れ策の安定性や持続性を損ねる可能性があることだった。日本銀行が銀行から国債を買入れる政策は、銀行にとっては手持ちの国債を日銀当座預金と交換することに他ならない。日銀当座預金金利の一部がマイナスになることで交換の条件が悪化し、銀行が日銀に国債を売却するインセンティブは削がれることになってしまう。
 
マイナス金利政策の導入は、日本銀行が、「量的・質的金融緩和策」の限界を意識し、政策の重点を再び「量」から「金利」に移していく過程にあったものと考えられる。この点は、その後の「イールドカーブ・コントロール」の導入でより明らかになる。
 
第2の副作用は、貸出利鞘や金融資産の運用利回りの低下などを通じて、金融機関の収益性を一段と損ねてしまうことだ。マイナス金利政策が金融機関の収益悪化を助長すれば、「物価安定」と並んで日本銀行のもう一つの使命(マンデート)である「信用秩序の維持」、すなわち金融システムの安定に悪い影響を与えることにもなってしまう。実際、2024年3月まで続けられたマイナス金利政策は、銀行の収益環境を長らく悪化させた。
 
日本銀行のマイナス金利政策導入は、先行する欧州に倣ったものだった。欧州各国の中央銀行によるマイナス金利政策が経済・物価に与える効果については明らかではなかったが、深刻な問題(副作用)がその時点では生じていない、ということが日本銀行にとっては重要だったのだろう。
 
しかし実際には、欧州と比べて債務に占める市場性調達の割合が低く、預金の割合が高い日本の銀行は、マイナス金利政策によって利鞘がより大幅に悪化しやすい。こうした日本と欧州の金融構造の大きな違いを踏まえれば、日本はマイナス金利政策導入に関して、欧州の事例を参考にすべきではなかった。

4人の審議委員がマイナス金利政策に反対

議長が示したマイナス金利政策導入の案については、6人の審議委員のうち4人が反対した。筆者もそのうちの一人だった。反対理由については対外公表文で直後に発表されたが、階層型の当座預金制度が複雑すぎる、経済へのプラス効果が期待できない、国債買い入れを不安定にさせるなど様々だった。
 
この際、審議委員がもう一人反対に回れば、マイナス金利政策導入の議長案は否決されていた。実際には、否決されることが予想される場合には、議長案は見直される。金融政策決定の採決に参加する9人の政策委員のうち半数に迫る審議委員の議長案への反対は、今年6月の政策金利引き上げに至る経緯を思わせる。
 
6月の会合では、仮に総裁が利上げ見送りの議長案を会合で提出しても、それが審議委員によって否決される可能性が高い状況だったと考えられる。このように、6月の利上げは、執行部以外の審議委員が主導した政策転換という、歴史的に珍しいケースだったと考えられる。それは、過半数で金融政策が決まるという民主主義的な制度が機能したことを意味するだろう。
 
10年前にも審議委員の反対でマイナス金利政策の導入が仮に回避されていれば、その後の日本経済や金融市場の姿は変わっていただろう。その場合、1ドル160円まで円安が進むことはなく、歴史的な物価高によってここまで国民生活が圧迫されることはなかった可能性もあると考える。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。