バブ・エル・マンデブ海峡の封鎖が決定的になれば原油価格は90ドル台に乗るか
中東イエメンの親イラン武装組織フーシ派は7月20日に、サウジアラビアに対して「海上封鎖を行う」と宣言した。サウジアラビアが不当な包囲を続けていることへの報復と説明している。
ただしこの宣言は、イランの要請によって出されたものであることも考えられる。イランがフーシ派に対して、イランの電力インフラが米国に攻撃された場合には、アラビア半島の紅海側の原油などの輸出ルートとなっているバブ・エル・マンデブ海峡を封鎖するよう要請した、と16日には報じられていた。実質的には、連日イランへの攻撃を続ける米国に対するイランの報復措置である可能性が考えられる。
現状ではその詳細は分からず、この宣言がホルムズ海峡の迂回ルートとなっているバブ・エル・マンデブ海峡における船舶の封鎖を意味するものであるかどうかは明らかになっていない。
先週末に1バレル80ドル程度で推移していたWTI原油先物価格は、昨日は一時85ドルに達し、現在も83ドル程度で推移している。原油市場は、米国とイランの戦闘激化を受けた戦闘終結に向けた覚書の事実上の破棄の可能性とともに、バブ・エル・マンデブ海峡を通じた紅海ルートでの原油供給の停止の可能性を一定程度織り込んでいる。仮にバブ・エル・マンデブ海峡の封鎖が決定的になれば、原油価格は90ドル台に乗るのではないか。
ただしこの宣言は、イランの要請によって出されたものであることも考えられる。イランがフーシ派に対して、イランの電力インフラが米国に攻撃された場合には、アラビア半島の紅海側の原油などの輸出ルートとなっているバブ・エル・マンデブ海峡を封鎖するよう要請した、と16日には報じられていた。実質的には、連日イランへの攻撃を続ける米国に対するイランの報復措置である可能性が考えられる。
現状ではその詳細は分からず、この宣言がホルムズ海峡の迂回ルートとなっているバブ・エル・マンデブ海峡における船舶の封鎖を意味するものであるかどうかは明らかになっていない。
先週末に1バレル80ドル程度で推移していたWTI原油先物価格は、昨日は一時85ドルに達し、現在も83ドル程度で推移している。原油市場は、米国とイランの戦闘激化を受けた戦闘終結に向けた覚書の事実上の破棄の可能性とともに、バブ・エル・マンデブ海峡を通じた紅海ルートでの原油供給の停止の可能性を一定程度織り込んでいる。仮にバブ・エル・マンデブ海峡の封鎖が決定的になれば、原油価格は90ドル台に乗るのではないか。
日本の原油の代替調達の半分程度は紅海ルートか
バブ・エル・マンデブ海峡が完全封鎖されれば世界供給の約7%が失われるとされる。それは世界の原油供給、原油価格に影響を与えるが、その影響が特に大きいのは日本である。日本政府は、ホルムズ海峡を経由しない代替ルートでの原油の調達量は日量240万バレルと、2025年の日量235万バレルとほぼ同水準に達する、つまり、代替ルートでの調達によって、必要な原油は確保され、石油備蓄の放出は必要でない状況と説明している。
政府は安全対策上の理由などから代替ルートでの調達先の内訳の詳細を明らかにしていないが、およそ半分程度が米国、残り半分程度が中東であり、その他はわずかと考えられる。この中東からの原油調達は、ホルムズ海峡を経由したものではなく、サウジアラビアがパイプラインでペルシャ湾岸から紅海側に送った原油の調達と推察される。
政府は安全対策上の理由などから代替ルートでの調達先の内訳の詳細を明らかにしていないが、およそ半分程度が米国、残り半分程度が中東であり、その他はわずかと考えられる。この中東からの原油調達は、ホルムズ海峡を経由したものではなく、サウジアラビアがパイプラインでペルシャ湾岸から紅海側に送った原油の調達と推察される。
再び物価高が強まり企業と家計の景況感は悪化へ
仮にバブ・エル・マンデブ海峡経由の原油の調達が止まれば、日本は再び石油備蓄の放出を余儀なくされ、先行き、必要な原油やナフサの調達をできなくなるとの懸念が高まるだろう。これは企業の景況感を悪化させ、石油関連企業は再び自衛的に減産の動きを強める可能性がある。それは、川下のナフサ由来の日用品の品不足と価格上昇をもたらす。
これに、原油価格が再び上昇することによる製品価格の上昇が重なり、国内の物価安定への道筋が見通せなくなるだろう。また金融市場では、円安・債券安が進み、それが輸入物価高と長期金利の上昇を通じて、経済に一段の逆風になる可能性も出てくる。
これに、原油価格が再び上昇することによる製品価格の上昇が重なり、国内の物価安定への道筋が見通せなくなるだろう。また金融市場では、円安・債券安が進み、それが輸入物価高と長期金利の上昇を通じて、経済に一段の逆風になる可能性も出てくる。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。