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ホルムズ海峡とバベルマンデブ海峡の「二重封鎖」のリスク

米国とイランの間では、およそ2週間にわたって攻撃の応酬が続いており、6月に両国が署名した戦闘終結に向けた覚書は、事実上白紙に戻った状態だ。事態は覚書署名以前よりも悪化した面もある。それは、ホルムズ海峡経由に代わって重要度を増すバベルマンデブ海峡を経由した紅海ルートでの原油輸出に大きな支障が生じていることだ。
 
7月20日にイエメンの親イラン武装組織フーシ派が、サウジアラビア関連船舶を対象とするバベルマンデブ海峡の海上封鎖を宣言した。さらにフーシ派は、7月23日には、サウジのタンカー2隻をミサイル・ドローンで攻撃した。フーシ派は7月24日に、「海峡自体を封鎖しているのではなく、対象はサウジのみ」と主張したが、実際には海峡は事実上の封鎖状態にあるものと考えられる。
 
バベルマンデブ海峡経由の原油輸出は6月時点では日量673万バレル、世界輸出の約16%とされる。ホルムズ海峡とバベルマンデブ海峡の「二重封鎖」になると、サウジアラビアにとっては、ペルシャ湾岸からパイプラインを通じて原油を紅海側に輸送し、ヤンブー港からバベルマンデブ海峡を通じて輸出するという代替ルートが塞がれることになる。

スエズ運河経由の原油輸出には制約

米エネルギー情報局(U.S. Energy Information Administration:EIA)によると、イラン戦争前の2025年上半期の実績で、ホルムズ海峡を経由する原油・石油製品の通過量は日量約2,090万バレル(世界の石油消費量の約20%)、バベルマンデブ海峡経由は日量約420万バレル、スエズ運河経由(スエズ・地中海原油パイプラインを含む)は日量約490万バレルである。
 
ホルムズ海峡とバベルマンデブ海峡が事実上閉鎖されても、スエズ運河経由での原油輸出は引き続き可能だ。しかし、スエズ運河は、水深の関係で、VLCC(Very Large Crude Carrier)級の超大型原油タンカーは、満載状態では通れない場合がある。紅海から地中海へ向かう原油は、運河が使えない場合にはスエズ・地中海原油パイプラインへ振り替えることも可能だが、その利用可能容量には限界がある。さらに、それを超える分はアフリカ南端の喜望峰回りとなり、輸送コストと日数が増加する。

日本の代替ルートでの原油調達に大きな打撃

ホルムズ海峡とバベルマンデブ海峡が事実上閉鎖されれば、原油価格が上昇し、その経済的な打撃は世界全体に及ぶ。とりわけ大きな打撃を受けるのは、中東地域への原油の依存度が高いアジア地域だ。そして、なかでも影響が懸念されるのは日本だ。
 
日本はホルムズ海峡の事実上の封鎖を受けて、代替ルートでの原油の調達を進めてきた。7月分ではイラン戦争前の水準の原油の代替調達にめどが立った、と政府は説明していた。代替ルートでの原油の調達のうちおよそ半分が米国、残り半分が中東である。この中東からの原油輸入は、バベルマンデブ海峡を通じたサウジアラビアからのものが多くを占めると推察される。
 
その場合、バベルマンデブ海峡が事実上の封鎖となれば、代替ルートでの原油の調達は大幅に減ってしまう。約200日分の石油備蓄があることから、日本は直ぐには石油の供給不足に陥ることはないが、いずれ、原油、ナフサ不足が生じると企業や家計が考え始めるだろう。
 
その場合、石油関連業種の企業は、将来、原油、ナフサ、それらから作られる石油関連原材料が不足することに備え、それらを温存するために減産傾向を再び強める可能性がある。そうなれば、川下でのナフサ由来の日用製品の品不足がより深刻となり、価格が高騰する。
 
つまり、バベルマンデブ海峡が事実上の封鎖となれば、原油価格上昇の経済、物価への影響が生じるだけではなく、企業の経済活動が再び弱まり、日用製品の品不足と価格高騰が再燃する。この点から、バベルマンデブ海峡の事実上の封鎖が日本経済に与える影響は特に深刻と考えられる。

ホルムズ海峡とバベルマンデブ海峡の二重封鎖の日本経済への影響

戦闘終結に向けた覚書署名を受けて、6月末には原油価格(WTI先物)は、イラン戦争開始前の1バレル70ドルをやや下回る水準にまで一時低下した。しかしその後、米国とイランの交戦再開やバベルマンデブ海峡封鎖への懸念から、原油価格は一時90ドル程度にまで上昇している。
 
原油価格が70ドル程度で安定していれば、春頃までの原油価格高騰の物価押し上げ効果は、今年7月から10月に顕著になった後、年末にかけては後退し、年内にも物価の安定が確認されることが予想された。
 
しかし原油価格が再び90ドル程度、あるいはそれ以上まで上昇する状態が続けば、原油価格高騰を受けた物価上昇率の上振れは来年まで続いてしまう。実質賃金の低下が個人消費を悪化させる構図が、より長期化するだろう。
 
原油価格の水準は仕切り直しとなってしまったが、70ドルの水準から再び90ドル程度にまで上昇したことが、日本の実質GDP、物価、家計負担にどのような影響を与えるかを改めて考えてみたい。70ドルから90ドルの原油価格上昇の経済的な影響を考えることは、6月以降の仕切り直しの影響を考えることであるとともに、原油価格が70ドル程度であった2月末のイラン戦争開始以降の原油価格上昇の影響を考えることでもある。
 
さらに、この先の原油価格について、90ドルと100ドルの2つのケースを想定したい。90ドルは、ホルムズ海峡とバベルマンデブ海峡の二重封鎖が数か月続くとの市場の観測を反映したもの、100ドルは半年、あるいはそれ以上続くとの市場の観測を反映したものとする。

原油100ドルで物価は0.45%上昇、年間家計負担は2万円に

以下の表は、この2つのケースで、それぞれ実質GDP、物価(個人消費デフレータ)、年間家計負担額(4人世帯)への影響を試算したものだ。
図表 原油価格上昇の経済効果

原油価格の上昇は、90ドルケースで実質GDPを0.17%、100ドルケースで0.26%押し下げる計算だ。経済には相応の打撃となる。他方で物価(個人消費デフレータ)は、それぞれ+0.30%、+0.45%押し上げられる。
 
原油価格の上昇は、物価を押し上げると同時に景気を下振れさせるため、経済の安定と物価の安定の双方を使命とする日本銀行の金融政策に与える影響は単純ではない。結果的に、どちらのケースでも、従来の利上げペースは大きくは修正されないのではないか。
 
一方、物価の上昇は、家計に経済的な負担をもたらす。それは90ドルケースでは年間1.3万円、100ドルケースでは年間2.0万円と試算される。

先行きの原油やナフサ不足懸念の高まりで影響は2倍にも

ただしこの試算結果は、原油価格上昇の影響のみを考慮したものだ。既に述べたように、バベルマンデブ海峡が事実上の封鎖となれば、企業は再び原油やナフサがいずれ不足することを警戒し、自衛的に減産を進める可能性がある。この場合、石油関連製品の川下の日用品には深刻な品不足が再び生じ、価格が高騰するだろう。
 
そのような事態となれば、上記の試算値で、実質GDPの押し下げ効果、物価の押し上げ効果、家計負担の増加効果は、それぞれ2倍程度に膨らむことが考えられる。
 
ホルムズ海峡とバベルマンデブ海峡の二重封鎖が日本経済に与える打撃は、原油やナフサがいずれ不足するとの企業の不安をどの程度緩和させる政策が講じられるかに、大きく依存しよう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。