&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

高市政権には2つの大きな逆風

特別国会が7月25日に閉会し、さらに27日には閉会中の衆議院予算委員会の集中審議に出席して物価高対策や消費税減税、内閣支持率などについて答弁したことを受けて、高市首相は同日夕刻に記者会見に臨んだ。
 
記者会見冒頭の高市首相の説明は、閣議決定した「骨太の方針」をなぞるもので、新たな内容はほぼなかった。
 
現在、高市政権は2つの大きな逆風にさらされている。第1は、各社世論調査で支持率が大きく落ちていること、第2は、財政政策への市場の信認が揺らぎ、円安・債券安が進んでいることだ。今回の記者会見には、こうした逆風を撥ね返す狙いがあったように思うが、それは実現されなかったのではないか。
 
「責任ある積極財政」について、政府債務のGDP比率を安定的に引き下げることで、積極財政と財政規律のバランスを維持すると首相は説明したが、具体性を欠く言葉の説明だけでは、金融市場の信認を得ることは難しいだろう。
 
市場の信認を回復するには、具体的な事実や数字で財政規律重視の姿勢を示す必要がある。そうなるかどうかは、食料品の消費税率引き下げを含む物価高対策、来年度予算編成における17分野の官民投資計画、年末の防衛3法改定と防衛費増額など、今後の施策の中で明らかになっていくだろう。
 
世論調査の支持率低下の背景には、特別国会で、高市首相肝いりの改正皇室典範、国旗損壊処罰法、自民党と連立を組む日本維新の会が求める副首都法が成立した一方、物価高対策をはじめとする国民生活に関わる施策が後回しになった、との指摘も聞かれる。
 
秋の臨時国会への法案提出を目指すとしていた食料品の消費税率引き下げ策を巡る不確実性が、国民の不満を高めている面もあるかもしれない。また、それが金融市場の円安・債券安にもつながっているだろう。

食料品の消費税率引き下げについて曖昧な説明

27日の記者会見でも、食料品の消費税率引き下げについての高市首相の説明の曖昧さが際立った。高市首相は、社会保障国民会議の早期の取りまとめに期待するとし、その結論を先取りすることはしない、と説明した。
 
27日の記者会見の直前に開かれた社会保障国民会議の実務者会議では、食料品の消費税率引き下げを巡る各党の意見の隔たりが大きく、意見の集約は断念された。記者会見では、これを踏まえた高市首相の見解に注目が集まっていたが、実際には、曖昧な説明に終始した。
 
社会保障国民会議の実務者会議は、現金給付などの野党の意見も織り込んだ、集約されない各意見をそのまま29日に高市首相に報告する。最終的には高市首相の判断に委ねられる可能性が高まっている。
 
食料品の消費税率引き下げについて、高市首相が自身で決めずに、ここまで社会保障国民会議での結論にこだわっている理由はよく分からない。自身で決断することをためらう背景には、財源確保の難しさや、自民党内での消費税率引き下げ反対の意見への配慮があるのかもしれない。

食料品の消費税率引き下げの判断が信頼回復への当面の最大の試金石に

高市首相は、食料品の消費税率引き下げを赤字国債で賄うことはしない、と明言してきた。しかし、他の財源確保の目途は立っていないと見られ、食料品の消費税率引き下げに向けた最終判断はかなり難しい。
 
記者会見で高市首相は、「中低所得層の負担を早期に軽減することが重要」「十分性と迅速性が重要」と述べている。これが、食料品の消費税率引き下げを意味するのか、それとも一部の野党が主張する、中低所得層の生活を支援する給付の早期実施も念頭に置いた発言なのかは明らかでない。政府・与党は来年4月から1%に引き下げる方針を固め、高市首相が30日にも、自民党に法改正に向けた手続きを指示する方向で調整している、との報道もある(朝日新聞)。
 
仮に、高市首相が食料品の消費税率引き下げを決めれば、財源確保の難しさから金融市場では財政悪化懸念が強まり、円安・債券安が進む可能性があるだろう。他方、国民も、将来の国民負担につながることを懸念し、食料品の消費税率引き下げを必ずしも評価しないかもしれない。
 
食料品の消費税率引き下げについて、骨太の方針では、8月上旬までに方針を決めるとした。食料品の消費税率引き下げの判断が、首相が国民と市場の信頼回復を実現できるかどうかを占う上で、当面のところは最大の試金石となるだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。