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迷走を続けたトランプ政権の経済政策

日本の経済と金融市場は、トランプ政権の政策に振り回され続けてきた。迷走を続けたトランプ政権の政策がたどり着いた先が、先日の日米協調介入だったのではないか。
 
トランプ政権が円安阻止に取り組む日本政府に協力したのは、貿易赤字を削減するというトランプ政権の経済政策上重要な目標を実現するため、という側面が大きかったと考えられる。ここで初めて、日米の利害が一致したとも言えるだろう。
 
図表1 貿易赤字削減を狙ったトランプ政権の政策の迷走

トランプ大統領は、米国が自由貿易や通貨で世界のリーダーであるという地位を逆手に取り、他国が長年、米国に対して不利益を押し付けてきたと考えている。その不利益の象徴とも言えるのが巨額の米国の貿易赤字だ。
 
他国の不公正貿易と基軸通貨であるドルの宿命とも言えるドル高傾向が、米国企業の輸出競争力を損ね、貿易赤字を拡大させてきたと考え、トランプ大統領は、一貫して、貿易赤字の縮小を目指してきた。
 
トランプ政権は昨年、貿易赤字縮小のために関税を発動したが、相互関税は今年2月に最高裁で違法判決が下されるなど行き詰まりもみられ、また関税だけで貿易赤字を解消するのは無理なことが明らかになった。さらに、関税は国内企業や家計の負担となることから、米国内での批判も高まった。
 
そこで、トランプ政権はドル高修正を通じた貿易赤字縮小へと軸足を移しつつあるようにみられる。しかし当初検討された、主要国による協調介入によるドル高修正策(第2のプラザ合意、マールアラーゴ合意)には、他国の協力が得られないことは明らかだった。
 
そこでトランプ政権は、米連邦準備制度理事会(FRB)の新議長に自らの息のかかったウォーシュ氏を充て、利下げを通じたドル高修正を検討した可能性が考えられる。
 
しかし、イランへの攻撃後の原油高の影響からインフレリスクが高まり、利下げの実施は当面難しくなった。
 

トランプ政権が高市政権に求める政策修正

このようにトランプ政権の経済政策は迷走を続けた末に、今回の日米協調介入にたどり着いた感がある。トランプ大統領は日本に対する「友情の証し」と説明したが、トランプ政権にとっては、日米協調介入は、貿易赤字縮小に向けたドル高是正の切り札だったのではないか。円安傾向のもと、アジア通貨全体の対ドルでの下落傾向も続き、米国の対アジア貿易収支の悪化にもつながることを、トランプ政権は懸念したのだろう。
 
また、円安による日本の長期金利上昇が米国の長期金利上昇に波及するのを防ぐ、という狙いも、日米協調介入の実施を後押しした背景にあっただろう。
 
自然災害や金融危機・通貨危機ではない平時の日米協調介入は異例であるが、トランプ政権はその実施に際して日本に密かに条件を付けた可能性があると考えられる。いわゆる「密約」だ。トランプ政権が全く見返りなく、日本の円安阻止の取り組みに協力したとは考え難い。
 
ここでいう密約とは、金融市場の安定に十分に配慮した財政政策を実施することや、日本銀行の独立性を尊重し、利上げを妨げないことを、高市政権がトランプ政権に約束するものと推察される(図表2)。
 
図表2 日米協調介入で想定される高市政権に対するトランプ政権の密約

実際にそうした密約があり、高市政権がそれを実行するのであれば、円安を食い止める持続的な効果が期待できる。その場合、日米協調介入は、円安の流れを変える大きな転機となりうるだろう。
 
金融市場では、ベッセント財務長官が日米協調介入直後に日本銀行の利上げへの期待を表明したことで、日本銀行の利上げが早まるとの観測が浮上している。

高市政権の財政悪化懸念への配慮は明確にはみられない

しかし、すぐにそうした展開になるかどうかは疑問だ。実際、日米協調介入後も、高市政権は食料品の消費税率1%への引き下げに向け邁進している。財源確保の議論は後回しとなり、金融市場の財政悪化懸念への配慮は明確にはみられない。
 
高市政権は今年に入ってから、日本銀行の利上げ牽制については、公然と牽制することを控えている。しかし、水面下では日本銀行になお圧力をかけ続けているのではないか。
 
仮に日米協調介入の裏で高市政権の政策修正に関する密約があったとしても、しばらくの間はそれが明確には果たされない可能性がある。その背景には、為替政策を巡る米国側との調整は主に財務省、財務相が担っているのに対して、高市首相自身はそれほど円安や債券安を問題視していないという、政権内での温度差を反映している可能性も考えられるところだ。
 
こうした状況のもとでは、日米協調介入という異例の措置も、すぐには円安の流れを明確に変えることにならないのではないか。

日米協調介入がトランプ政権による高市政権の経済政策への介入の契機となるか

急速な円安が始まった2022年初の1ドル115円程度から足もとの1ドル160円程度までの39%の円安によって、2022年以降円安が進まなかった場合と比較して家計の負担は4万7,241円増加した計算となる(図表3)。これによって、消費税率引き下げの家計負担減少の効果はそがれてしまう。
 
円安がさらに進む場合には、その家計への負担は一段と増加し、原油高の影響と併せると、食料品の消費税率引き下げなど物価高対策によっても容易に相殺できなくなる可能性が考えられる。
 
こうした事態を回避するには、高市政権が、金融市場の安定に配慮した財政政策を実施することや、日本銀行の利上げを妨げないことをしっかりと実践することで円安抑止につなげることが必要だ。
 
ただし、高市政権が明確な政策修正に踏み切るまでには、さらなる円安・債券安が必要となるかもしれない。10年国債利回りが3%を超える、あるいはドル円レートが1ドル165円に接近すれば、トランプ政権からの高市政権への圧力がさらに強まることが予想される。そこで初めて、高市政権の明確な政策修正への道が開けてくるのではないか。
 
日米協調介入の実施だけでは、円安・債券安の連鎖の流れを変えることは難しい。しかし、日米協調介入がトランプ政権による高市政権の経済政策への直接介入の契機となるのであれば、日米協調介入の実施は円安・債券安の連鎖の流れを変える大きな転機となり得るだろう。
 
図表3 円安と食料品の消費税率引き下げの家計への影響

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。