日本銀行の2016年のコミュニケーション改革
米連邦準備制度理事会(FRB)のウォーシュ議長は、金融市場に提供する金融政策に関する情報量を減らす方向で、FRBのコミュニケーション戦略を大幅に改革しようとしている(コラム「中央銀行のコミュニケーション戦略②:FRBウォーシュ議長の改革」、2026年8月14日)。
日本銀行もFRBなど海外中央銀行の動向を踏まえて、コミュニケーション戦略の見直しを繰り返してきたが、近年で最も大きな見直しとなったのは2016年1月の改革だった。
ただしこの見直しの狙いは、ウォーシュ議長が目指す情報量の削減ではなかった。見直しの方針が決定された2015年6月19日の金融政策決定会合での議論を、既に公表されている議事録の記述を踏まえて振り返ってみたい。
日本銀行もFRBなど海外中央銀行の動向を踏まえて、コミュニケーション戦略の見直しを繰り返してきたが、近年で最も大きな見直しとなったのは2016年1月の改革だった。
ただしこの見直しの狙いは、ウォーシュ議長が目指す情報量の削減ではなかった。見直しの方針が決定された2015年6月19日の金融政策決定会合での議論を、既に公表されている議事録の記述を踏まえて振り返ってみたい。
展望レポートなど情報発信見直しのポイント
会合2日目の2015年6月19日に、内田眞一企画局長(当時、現副総裁)から以下のような展望レポートなどの見直し案が示された。
この時の見直しで、金融政策決定会合の開催頻度は年14回から8回に削減された。しかしその主な狙いは、ウォーシュ議長が目指す情報量の削減ではなく、主要中央銀行に足並みを揃えることだった。
欧州中央銀行(ECB)は2014年7月に会合の開催頻度を年12回から年8回に変更することを発表し、2015年1月から開始した。イングランド銀行(BOE)も、2014年12月に公表されたウォーシュ・レビューを受けた報告書(Transparency and Accountability at the Bank of England)において、年8回への移行方針を示した。このように、主要中央銀行で会合の運営見直しの動きが広がっていた。
金融政策決定会合の開催頻度のみならず、その日程も海外の主要中央銀行に概ね合わせることで、日本銀行総裁が国際決済銀行(BIS)中央銀行総裁会議など、主要な中央銀行が出席する国際会議に参加しやすくする狙いがあった。
他方で、展望レポートの発行を従来の年2回から年4回に増やすこと、政策委員全員の個別見通しとリスクバランスを新たに公表すること、決定会合参加者の「主な意見」を作成し、会合終了後おおむね1週間を目途に公表することを決めるなど、情報発信はむしろ強化された。
- 展望レポートの発行:従来の年2回から年4回に増やし、公表タイミングも会合当日の公表文と同時に、会合終了後直ちに公表する方式に改める。これに伴い毎月公表していた金融経済月報は展望レポートに統合
- 展望レポートの内容:これまでの大勢見通しに加え、政策委員全員の個別見通しとリスクバランスを新たに公表し、従来のリスクバランス・チャート(ファンチャート)を廃止
- 「主な意見」の新設:決定会合参加者の「主な意見」を作成し、会合終了後おおむね1週間を目途に公表する(議事要旨は従来どおり次回会合で承認のうえ公表)
- 金融政策決定会合の開催頻度:展望レポートを議論する会合4回とその間の4回、合計年8回開催とする(実施には日銀法施行令改正が必要)
この時の見直しで、金融政策決定会合の開催頻度は年14回から8回に削減された。しかしその主な狙いは、ウォーシュ議長が目指す情報量の削減ではなく、主要中央銀行に足並みを揃えることだった。
欧州中央銀行(ECB)は2014年7月に会合の開催頻度を年12回から年8回に変更することを発表し、2015年1月から開始した。イングランド銀行(BOE)も、2014年12月に公表されたウォーシュ・レビューを受けた報告書(Transparency and Accountability at the Bank of England)において、年8回への移行方針を示した。このように、主要中央銀行で会合の運営見直しの動きが広がっていた。
金融政策決定会合の開催頻度のみならず、その日程も海外の主要中央銀行に概ね合わせることで、日本銀行総裁が国際決済銀行(BIS)中央銀行総裁会議など、主要な中央銀行が出席する国際会議に参加しやすくする狙いがあった。
他方で、展望レポートの発行を従来の年2回から年4回に増やすこと、政策委員全員の個別見通しとリスクバランスを新たに公表すること、決定会合参加者の「主な意見」を作成し、会合終了後おおむね1週間を目途に公表することを決めるなど、情報発信はむしろ強化された。
金融政策決定会合での議論
以下は、2015年6月19日の金融政策決定会合での各政策委員の意見を議事録から抽出し、要約したものだ。
中曽宏副総裁:主要中央銀行が四半期ごとの経済・物価見通し公表、年8回開催、会合後早期の情報発信という共通要素に収斂しつつあるため、日本銀行もこうしたグローバルスタンダードに適合する見直し案として適切だとした。会合減少による機動性低下の懸念には、必要に応じた臨時会合の開催で対応できるとした
白井さゆり委員:展望レポートの見通しの前提やメカニズムの説明が従来十分でなかったとして、この機会に内容面の改善も検討すべきと主張。IMFの対日審査でも同様の指摘があったことに言及。また「主な意見」については、議事要旨より先に公表される分、政策の方向性を示唆する材料として重視される可能性があり、単なる意見の羅列に終わらないよう工夫が必要と述べた
石田浩二委員:見直し全体には賛成としつつ、展望レポートを年4回作成する負担増を踏まえ、記述内容の簡素化を検討すべきと指摘。「主な意見」については、市場のミスリードや過剰反応を招く恐れがあるため、具体的な形式を慎重にシミュレーションすべきと述べた
佐藤健裕委員:審議・情報発信の充実、主要中央銀行との運営整合性の観点から賛成し、政令改正の速やかな対応を政府に要望
木内登英委員:賛成の立場から3点指摘。①会合頻度低下ではなく審議の質向上を前面に打ち出すべき、②展望レポート公表頻度増加が市場の政策思惑との連動性を強める懸念があるため、達成時期の記述はコミットメントでない旨を説明すべき、③「主な意見」と議事要旨の性格の違い・棲み分けを事前に周知すべき、と述べた
政府出席者(宮下一郎財務副大臣・西村康稔内閣府副大臣):見直し自体は尊重する姿勢を示しつつ、会合回数減少が金融政策の機動性低下と誤解されないよう十分な説明を行うこと、政府との意思疎通の機会を確保することを要望
政策委員の間では、会合の頻度を削減することで、日本銀行の情報発信力が低下すると受け止められることに懸念も一部示されたが、他方、展望レポートの公表頻度を高めることや内容の見直しなどによって、日本銀行の情報発信機能は低下しないとの見方が概ね共有された。
中曽宏副総裁:主要中央銀行が四半期ごとの経済・物価見通し公表、年8回開催、会合後早期の情報発信という共通要素に収斂しつつあるため、日本銀行もこうしたグローバルスタンダードに適合する見直し案として適切だとした。会合減少による機動性低下の懸念には、必要に応じた臨時会合の開催で対応できるとした
白井さゆり委員:展望レポートの見通しの前提やメカニズムの説明が従来十分でなかったとして、この機会に内容面の改善も検討すべきと主張。IMFの対日審査でも同様の指摘があったことに言及。また「主な意見」については、議事要旨より先に公表される分、政策の方向性を示唆する材料として重視される可能性があり、単なる意見の羅列に終わらないよう工夫が必要と述べた
石田浩二委員:見直し全体には賛成としつつ、展望レポートを年4回作成する負担増を踏まえ、記述内容の簡素化を検討すべきと指摘。「主な意見」については、市場のミスリードや過剰反応を招く恐れがあるため、具体的な形式を慎重にシミュレーションすべきと述べた
佐藤健裕委員:審議・情報発信の充実、主要中央銀行との運営整合性の観点から賛成し、政令改正の速やかな対応を政府に要望
木内登英委員:賛成の立場から3点指摘。①会合頻度低下ではなく審議の質向上を前面に打ち出すべき、②展望レポート公表頻度増加が市場の政策思惑との連動性を強める懸念があるため、達成時期の記述はコミットメントでない旨を説明すべき、③「主な意見」と議事要旨の性格の違い・棲み分けを事前に周知すべき、と述べた
政府出席者(宮下一郎財務副大臣・西村康稔内閣府副大臣):見直し自体は尊重する姿勢を示しつつ、会合回数減少が金融政策の機動性低下と誤解されないよう十分な説明を行うこと、政府との意思疎通の機会を確保することを要望
政策委員の間では、会合の頻度を削減することで、日本銀行の情報発信力が低下すると受け止められることに懸念も一部示されたが、他方、展望レポートの公表頻度を高めることや内容の見直しなどによって、日本銀行の情報発信機能は低下しないとの見方が概ね共有された。
政策委員各自の情報の発信を強化
日本銀行は見直し後の展望レポートで、匿名で各政策委員の成長率、物価上昇率の予測を、リスクの偏りの判断とともに新たにグラフで示した。これは、米連邦公開市場委員会(FOMC)のドットチャートと同様に、委員ごとの見通しを匿名で示す手法を取り入れたものだ。
それまでも日本銀行内では、匿名で各政策委員の個別の見方を対外的に示すことが情報発信の強化につながる、との議論はあった。多数決により決定された事項だけを対外的に発信するのは十分ではなく、政策委員会内には様々な意見があり、それを踏まえて民主主義的で建設的な議論がなされたことを対外的に示すことで、金融政策決定についての信認を高める狙いがあったと言える。
既に、議事録では、匿名で各政策委員の意見が紹介されていた。新たに始められた「主な意見」も、政策委員各自の決定会合での発言をそのまま紹介するものだ。
他方、この展望レポートの見直しのタイミングで、FOMCのドットチャートを採用することについては、日本銀行内ではほぼ議論されなかったとみられる。各参加者の政策金利見通しを示すドットチャートは、FOMCの先行きの政策を示す強いフォワードガイダンス(政策金利見通し)として受け止められ、金融市場の過剰反応を引き起こすことを懸念する議論が、当時FRB内でもなされていたことを日本銀行は認識していた。
それまでも日本銀行内では、匿名で各政策委員の個別の見方を対外的に示すことが情報発信の強化につながる、との議論はあった。多数決により決定された事項だけを対外的に発信するのは十分ではなく、政策委員会内には様々な意見があり、それを踏まえて民主主義的で建設的な議論がなされたことを対外的に示すことで、金融政策決定についての信認を高める狙いがあったと言える。
既に、議事録では、匿名で各政策委員の意見が紹介されていた。新たに始められた「主な意見」も、政策委員各自の決定会合での発言をそのまま紹介するものだ。
他方、この展望レポートの見直しのタイミングで、FOMCのドットチャートを採用することについては、日本銀行内ではほぼ議論されなかったとみられる。各参加者の政策金利見通しを示すドットチャートは、FOMCの先行きの政策を示す強いフォワードガイダンス(政策金利見通し)として受け止められ、金融市場の過剰反応を引き起こすことを懸念する議論が、当時FRB内でもなされていたことを日本銀行は認識していた。
FRBの情報発信との距離感
日本銀行の展望レポートでは、各政策委員の政策金利の見通しは示されず、成長率、物価上昇率の見通しは、金融市場に織り込まれた先行きの政策金利の見通しを前提にしている。これは、金融市場による独自の政策金利見通しの形成を尊重するものだ。
日本銀行の情報発信は、FRBの情報発信を参考にしつつも、このように独自の判断のもとで進められてきた。この点から、ウォーシュ議長のコミュニケーション戦略改革の成果の一部を日本銀行が将来的に受け入れる可能性はあるものの、情報発信強化に逆行するような見直しについては受け入れることはないだろう。
日本銀行の情報発信は、FRBの情報発信を参考にしつつも、このように独自の判断のもとで進められてきた。この点から、ウォーシュ議長のコミュニケーション戦略改革の成果の一部を日本銀行が将来的に受け入れる可能性はあるものの、情報発信強化に逆行するような見直しについては受け入れることはないだろう。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。