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「有事のフォワードガイダンス」と「平時のフォワードガイダンス」

米連邦準備制度理事会(FRB)のウォーシュ議長は、先行きの金融政策の見通しを示す「フォワードガイダンス」と呼ばれる情報発信の手法を、大幅に縮小する考えを示している。既に今年6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、声明文からフォワードガイダンスの文言を削除した。
 
ウォーシュ議長は、フォワードガイダンスは、グローバル金融危機(リーマンショック)の際などには有効だが、平時には、金融市場がFRBの情報発信に過度に依存するようになる、FRBの政策が機動性を失う、など弊害が多いと指摘する。
 
ウォーシュ議長のいうフォワードガイダンスは、大きく2種類あると考えられる。政策金利が0%まで引き下げられ、それ以上下げられない中、いわゆるゼロ金利制約の環境のもとで、政策金利の引き上げを一定期間実施しないと約束することで長期金利を押し下げ、経済効果の発揮を目指す政策だ。これは、リーマンショックの際に実際に行われた、「有事のフォワードガイダンス」だ。
 
他方、金融政策を巡って市場との対話を恒常的に行う政策も、フォワードガイダンスと呼ぶ。いわば「平時のフォワードガイダンス」である。ウォーシュ議長は双方ともに否定的だ。

サプライズ戦略を封じた日本銀行

前者のフォワードガイダンスについては、日本銀行が90年代末に導入した「時間軸効果政策」が、その先駆と考えられる。それは、現在のような平時には実施されない。
 
一方、後者のフォワードガイダンスについては、日本銀行はFRBを参考に実施してきたと考えられる。ただしこのフォワードガイダンスについては、仮にFRBが大幅に縮小するとしても、日本銀行はそれに直接追随はしないだろう。
 
そうした中、注目しておきたいのは、日本銀行が金融政策決定会合の当日には、政策変更の有無をほぼ金融市場が確信するように情報発信を行う、いわゆる短期のフォワードガイダンスだ。2024年3月に始められた金融政策の正常化の過程で、そうした情報発信が行われる傾向が特に強まった。
 
この短期のフォワードガイダンスについても、FRBの手法に倣ったものと考えられるが、日本銀行独自の背景もある。2013年4月の量的・質的金融緩和の実施以降、日本銀行は金融市場にサプライズを生じさせ、円安、株高など金融市場を動かすことを通じて経済や物価に影響を与えることを目指す「サプライズ戦略」を採用した。
 
しかし、2016年1月に決定したマイナス金利政策は、金融市場を動揺させ、多くの批判を浴びる結果となった。この際の苦い経験から、日本銀行はサプライズ戦略を封じ、現在に至ると考えられる。

政策見通しの事前誘導がもたらす問題

日本銀行が次回の金融政策決定会合での政策変更の有無を、事前に明言することはないが、総裁記者会見、各種講演会などの場で、それに関わるヒントを金融市場に与え、政策変更の有無に関する金融市場の期待を誘導する。
 
OIS市場などで次回の金融政策決定会合における政策変更確率を確認し、それが実際の日本銀行が想定する行動と異なる場合には、期待を修正するために追加の情報発信を行う。一致する場合には、従前と同様の情報発信を行うことで、金融市場の期待を追認し、それが正しいことを暗に伝えているように思える。
 
このような手法を通じて、決定会合の当日にサプライズが生じて、金融市場が大きく動くことを回避しているように見える。しかし、このような情報発信の手段が正しいかどうかについては、検討の余地があるだろう。
 
次回決定会合での政策変更の有無を、日本銀行が事前に伝えることが分かっていれば、金融市場はそれを待つ姿勢となる。これでは、健全かつ効率的な市場価格の形成にならない恐れがあるのではないか。これこそ、ウォーシュ議長が指摘するフォワードガイダンスの問題点の一つだ。
 
それ以上に問題であるのは、決定会合が開催される前に、そこでの政策決定が事前に決まっているのであれば、それは決定会合の形骸化につながる。政策決定が、決定会合当日の議論の結果で決まるのではないとの見方は、金融政策の透明性についての問題も生む。これは、国民の日本銀行に対する信認を損なう可能性があるのではないか。
 
こうした点から、決定会合直前の日本銀行の情報発信のあり方については、今後検討されるべきだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。