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当面は基調的な物価上昇率の2%超え回避に政策の重点が置かれる

日本銀行は10月30日の金融政策決定会合で、政策金利の据え置きを決めた。他方、展望レポートで「基調的な物価上昇率は、2%の『物価安定の目標』と概ね整合的な水準」と記述され、基調的な物価上昇率が2%に到達したとの判断が示された。2013年1月に掲げた物価目標の水準に、基調的な物価上昇率が達したとの判断が初めて示されたのである。
 
2024年3月のマイナス金利解除以降進めてきた金融政策は、基調的な物価上昇率を2%まで押し上げるとともに、政策金利を徐々に引き上げることで金融緩和を縮小させていく「金融政策の正常化」だった。
 
総裁は、金融環境はなお緩和された状態にあり、政策金利は依然中立水準を下回っているとの見方を記者会見で改めて示した。従って、金融政策の正常化は今後も続くことになる。
 
しかし、当面は、基調的な物価上昇率が2%を超えて上振れることを回避するという点に政策の重点は置かれる。物価の上振れリスクを判断する上では、中東情勢、AI需要、為替動向の3つが重視される。
 
こうした要因を踏まえて、基調的な物価上昇率が2%を超えて上振れるリスクが高いと判断される間は、日本銀行は6月、9月と続けてきた3か月程度の短い間隔での利上げ、いわゆる「利上げペースの加速」を続けるだろう。
 
一方、そのリスクが後退すれば、政策金利を中立水準に向けて緩やかに引き上げていく、半年に1回程度のペースでの利上げに回帰するだろう。

物価目標達成の勝利宣言は出さない

植田総裁は、基調的な物価上昇率が2%に到達したとの判断が、2%の物価目標達成を意味するものではないことを強調した。今後は、基調的な物価上昇率が2%程度で安定し持続する状態に至って、初めて物価目標達成となるからだ。
 
そのためには、中長期の期待インフレ率に注目し、それが2%程度で安定すること、外的ショックが生じても基調的な物価上昇率が2%で揺るがないこと、あるいは2%から乖離してもすぐに2%に戻るかどうかを確かめる必要があると総裁は説明した。そうであれば、2%の物価目標が達成されたことが確認されるまでにはなお時間を要することになる。
 
総裁は、2%の物価目標が達成されても、「勝利宣言は出さない」とした。ひとたび物価目標が達成されたと判断しても、それはすぐに修正される可能性がある。物価目標の達成を目指して適宜調整を行う金融政策には終わりはなく、「勝利宣言は出さない」という総裁の考えは正しいだろう。それが普通の金融政策の姿勢でもある。

「良い物価上昇」は実現できたか

基調的な物価上昇率が2%に到達したとの判断が示されたものの、それは果たして、日本銀行が2013年1月に掲げた物価目標の達成に近づくものと言えるのかどうかについては大いに疑問だ。実際の物価上昇率や各種期待インフレ率の指標は確かに2%程度に達しているが、その起点となったのは円安、原油高など供給ショックであり、それは経済に悪影響を及ぼす「悪い物価上昇」である。「悪い物価上昇」は持続的なものにはならない。
 
総裁も基調的な物価上昇率が2%に到達したことには、こうした供給ショックの力を借りていることを認めている。それが、経済の潜在力向上、需要の高まりを背景にする持続的な2%の物価上昇であることが確認できて、初めて2%の物価目標が達成されたと言える、とも語っている。そうであれば、2%の物価目標の達成はやはりかなり遠い。「悪い物価上昇」が「良い物価上昇」に転じ、物価が2%で安定することは、容易に実現するとは思われない。
 
基調的な物価上昇率が2%に到達したとの判断を示したことが、デフレ脱却宣言や、2%の物価目標を盛り込んだ2013年1月の政府と日本銀行の共同声明、いわゆる「アコード」の見直しにつながるのかとの質問も出た。
 
これに対して植田総裁は、デフレ脱却宣言は政府が判断するものだと答える一方、「アコード」の見直しについてはコメントを避けた。金融政策を巡る政府との距離感を改めて感じさせる応答となった。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。