事業運営におけるIPコンテンツ(知的財産を基盤に展開されるマンガ、アニメ、音楽などのコンテンツ:以下コンテンツ)の活用が拡大している。単に商品・サービスの認知拡大を目的とした活用(コンテンツ活用1.0)から、顧客の行動変化やそれによる単価向上を目的とした活用(コンテンツ活用2.0)、さらには新規事業の創出を目的とした活用(コンテンツ活用3.0)に至るまで多様化しており、コンテンツを活用した事業運営の高度化や事業創造は、幅広い業界のプレイヤーにとって無視できない潮流となっている。
1)コンテンツ活用の類型
日本のコンテンツ産業は、2023年に海外売上が約5.8兆円へ拡大し、半導体や鉄鋼の輸出額に匹敵する規模に達した。政策文書においても、当該産業を「基幹産業」として扱い、ライセンスアウトにとどまらない「海外展開2.0」を促している(※1)。こうした環境変化の下、コンテンツは特定層の嗜好財から、生活者の日常に溶け込むコミュニケーションツール、さらには持続的に価値を生み出す知的財産へとその性質を転換しており、コンテンツ活用は多様な経営課題の解決に資する効果的なソリューションとして位置づけられつつある。
本論ではこの潮流を、コンテンツ活用の目的に応じて、消費者の“認知”を変える「コンテンツ活用1.0」、消費者の“行動”を変える「コンテンツ活用2.0」、事業者の“ビジネスモデル”を変える「コンテンツ活用3.0」という三段階で定義する。
図表1. コンテンツ活用の類型

出所)NRI作成
コンテンツ活用1.0は、プロモーションに際してコンテンツの世界観を短期的・中期的に「借りる」ことで、認知拡大やそれによる顧客数の拡大を狙う取り組みである。これらは、若年層や海外など特定セグメントへの訴求や、ステークホルダーとのコミュニケーションに効果的である。例えば、エポスカードは、アニメやゲームなどの人気コンテンツとコラボした券面を展開し、作品世界への共感を通じてカード入会意欲を高めている(※2)。また、丸紅は、「ONE PIECE」などの人気コンテンツと連携した企業広告やブランドコンテンツを発信し、ステークホルダーに向けた企業ブランディングを強化している(※3,4)。
コンテンツ活用2.0は、カスタマージャーニー全体を「線」としてとらえ、包括的にコンテンツ体験を設計することで、中期~長期にかけて顧客の行動を変化させる取り組みである。消費者との各接点で一貫した世界観を「表現」し、体験全体にストーリー性を持たせることで、単なる認知獲得にとどまらず、滞在時間や購買率、客単価、LTV(Life Time Value(顧客生涯価値))の向上を狙うことができる。例えば、JR東海が展開する「推し旅」シリーズでは、人気コンテンツとのコラボレーションを通じて、旅マエから旅ナカ、旅アトまで一貫した体験を設計している。音声コンテンツやイベント連動企画、車内限定配信、抽選特典、グッズ販売などを組み合わせ、特別な体験を提供し旅行の付加価値を高めることで、選好性や単価の向上に加え、潜在的な旅客ニーズの掘り起こしを実現している(※5)。
コンテンツ活用3.0は、不動産や設備といった自社の有形資産や、技術やノウハウといった無形資産を起点にコンテンツやそのプラットフォームを創出することで、新たなビジネスモデルやコンテンツ事業者とのエコシステムを構築する取り組みである。コンテンツを起点とした新たな基幹事業を創出すること、また、そこで得られた顧客接点やデータを統合的に活用することで、既存事業との間に「面」的な相乗効果を生み出すことがコンテンツ活用3.0の特徴である。例えば、Sony Honda Mobilityが展開する「AFEELA」では、モビリティをソフトウェアによって拡張し、車内を移動手段からコンテンツと融合した没入型体験空間へと進化させている(※6)。また、三井不動産は、東京ドームおよびY&N Brothersと連携し、都市型アセットを基盤とした新たなエンタメ事業として、男性アーティストグループの立ち上げを進めている。この取り組みでは、専用劇場を新設し、定期公演や物販、会員事業、スポンサーシップなどを一体的に展開すると共に、全国の商業施設への展開も見据え、リアルな場を通じた体験接点を広げていく構想が示されている(※7)。これは、「体験を生むプラットフォーム」として有形資産の機能を再定義し、コンテンツと掛け合わせることで新たなビジネスモデルを構築している例と言える。
2)コンテンツ活用の拡大
冒頭でも述べた通り、コンテンツ市場の拡大は目覚ましく、今や日本を牽引する産業となっている。消費トレンドがモノ消費からコト消費へと移行し、オンラインとオフラインを行き来すること等による没入的な体験が、消費者の関心や支出を大きく動かす時代に入っていることも、こうした市場拡大の一因となっている。
既に顕在化しているコンテンツ市場規模の更なる拡大もさることながら、注目すべきはその背後に存在する消費者余剰の大きさである。野村総合研究所(NRI)が2025年7月に実施したアンケート結果では、趣味としているコンテンツ分野に対して、「払っている金額以上の価値を感じる」人が75.5%、「もっとお金を払ってもよいと感じる」人が57.3%となっており、コンテンツに対する生活者の消費者余剰の大きさが伺える(※8)。
また、将来に目を向けても、新たなエンタメ形態の登場や消費トレンドの変化を背景に、コンテンツ産業はさらなる市場拡大が期待される。とりわけロケーションベースドエンターテインメント(以下、LBE)は、リアル空間を活用したXRエンタメ事業者の増加や、AIによる演出や運営の高度化をうけ、体験型エンタメとして新たな段階に入りつつある。2024年(52億米ドル)から2032年(233億米ドル)にかけて4倍以上に成長するとの予測(※9)もあり、日本発IPを核に据えた新規コンテンツとともに、日本のコンテンツ市場は今後も深さと広さの両面で拡張していくことが予想される。
さらに、自社が保有する事業資産とコンテンツを掛け合わせて新たな体験価値を創出することで、自社の既存事業のシェアや市場の拡大、また、全く新しい新規市場の開拓を目指すことも可能となる。
図表2. コンテンツ市場の拡大

出所)NRI作成
これらの市場ポテンシャルは、既存のコンテンツ事業者はもちろん、非コンテンツ事業者にとっても非常に魅力的な成長機会となり得る。NRIが2025年7月に実施したアンケート結果からも、コンテンツ事業者との協業に対する企業の関心度の高さが明らかになっている(※8)。しかし、多くの企業がコンテンツ活用の可能性を認識し今後の連携を模索している一方で、実際に協業を実践している企業は依然として少数にとどまり、高度なコンテンツ活用ほどその傾向は顕著である。今後は、協業意向の高まりと、実際の経験値の間に存在する大きなギャップをいかに埋めていくかが非コンテンツ産業におけるコンテンツ活用の論点となるだろう。
図表3. コンテンツ事業者との協業経験と意向

出所)NRI 「情報通信サービスに関するアンケート調査」(2025年7月)
3)おわりに
コンテンツ活用の拡大は、幅広い業界のプレイヤーにとって無視できない潮流となっている。特に、特定セグメントの顧客基盤の強化や接点の充実化、休眠資産のバリューアップやそれらを起点とした新たな基幹事業の創出を目指す事業者にとって、「自社ならでは」のコンテンツ活用の型を確立することは重要な経営課題となり得る。
その第一歩として、自社が持つ有形・無形のアセットを棚卸し、親和性の高いコンテンツ領域やコンテンツ活用の類型を見定める必要がある。そのうえで、ターゲットとなる顧客やファンの心理・行動特性を把握し、それらを起点にサービスやビジネスをデザインすること、また、そこで得られた顧客接点やデータをどのように事業運営へ活かしていくのか具体的に設計することが肝要となる。
図表4. コンテンツ活用の検討Step

出所)NRI作成
NRIは総合コンサルティングファームとして、国内外の先進的なユースケースを踏まえ、クライアント企業のアセット特性や事業課題に即したコンテンツ活用戦略の策定・実行を支援している。詳細資料では、業界別のユースケースや具体的なソリューションを体系的に整理している。自社の強みを生かした新たなコンテンツ活用の型の創出を検討する企業は、ぜひ詳細資料をご覧いただきたい。(下記よりダウンロードいただけます)
【参考文献】
- 1.経済産業省 「エンタメ・クリエイティブ産業戦略 ~コンテンツ産業の海外売上高 20 兆円に向けた 5ヵ年アクションプラン~」(2025.6)
- 2.エポスカード 「公式HP(カードラインナップ|アニメ・ゲーム・エンタメ)」(2025.10)
- 3.NIKKEI Marketing Portal 「丸紅 第71回 日経広告賞「大賞」受賞」(2022.6)
- 4.丸紅 「特設サイト(丸紅×Ado できないことは、みんなでやろう。)」(2025.10)
- 5.JR東海 「公式HP(推し旅公式サイト)」(2025.10)
- 6.Sony Honda Mobility 「公式HP(AFEELA – EV)」(2025.10)
- 7.三井不動産 「秋元康総合プロデュースの男性アーティストグループ始動 三井不動産×東京ドーム×Y&N Brothers 新エンターテインメント事業を共同展開 2025年夏オーディション開始、商業施設に専用劇場開設」(2025.6)
- 8.野村総合研究所 「情報通信サービスに関するアンケート調査」(2025.7)
- 9.Fortune Business Insights 「ロケーションベースのエンターテイメント市場」(2025.10)
プロフィール
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坂尻 雄飛のポートレート 坂尻 雄飛
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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松本 周子のポートレート 松本 周子
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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木田 丈博のポートレート 木田 丈博
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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都丸 雪乃のポートレート 都丸 雪乃
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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宮川 青之介のポートレート 宮川 青之介
ICT・コンテンツ産業コンサルティング部
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勝井 昌子のポートレート 勝井 昌子
エネルギー産業コンサルティング部
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