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2020年の「カーボンニュートラル宣言」を契機に、日本の脱炭素政策は急速に進展し、GX(グリーントランスフォーメーション)政策へと昇華された。GX政策は、脱炭素に加えて、経済成長・エネルギー安全保障を実現させることを目指すものであり、昨今の環境政策への逆風の中でも、着実に推進されている。特に「成長志向型カーボンプライシング構想」は、炭素価格を設定し、企業の脱炭素投資を促進する仕組みとして重要である。企業はGX政策の動向を注視し、長期的な視点で戦略を再構築し、競争力強化を目指す必要がある。

1.GX政策の推移

日本における脱炭素関連の動きは、2020年10月の「カーボンニュートラル宣言」を契機に急速に進展した。菅首相(当時)は、国会での所信表明演説において「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。この宣言を受け、同年12月には「グリーン成長戦略」が発表され、経済と環境の好循環を形成する産業政策や分野別の革新技術の戦略が示された。その後、2021年6月にはこれらの具体化が発表された。
カーボンニュートラル宣言を受けて策定されたエネルギー基本計画(第6次)や温暖化対策計画委員会を経て、2021年12月には「GX推進小委員会」が新設された。同時期に政府は、脱炭素の取り組みを通じて経済社会を変革する施策として「GXリーグ」の立ち上げを宣言した。このように、2021年末ごろから「GX(グリーントランスフォーメーション)」という言葉が政府によって本格的に使用されるようになった。
2022年7月には岸田首相(当時)を議長とする官邸主導の「GX実行会議」が発足した。この会議での議論を経て策定された「GX基本方針」(GX実現に向けた基本方針)が2023年2月に閣議決定された。この基本方針では、これまで掲げられてきた経済と環境の両立に加え、ウクライナ侵攻後に顕在化したエネルギー安定供給の課題を受けて、脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の三つを同時に実現することを目指す内容が示された。具体的には、徹底した省エネ、再生可能エネルギーの主力電源化、原子力の活用に加え、「成長志向型のカーボンプライシング構想」などが盛り込まれた。
その後、2023年5月には、この基本方針を実行するための「GX推進法」(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)が成立した。さらに、2023年5月には、GX推進法に基づく法定戦略として「GX推進戦略」が閣議決定された。この戦略は、GX基本方針を実行段階に移すための具体的な計画として位置づけられている。
2025年2月には「GX推進戦略」を改訂する形で「GX2040ビジョン」が閣議決定された。このビジョンは、国内外のGXを取り巻く情勢変化を踏まえた議論を経て策定されたもので、第7次エネルギー基本計画や地球温暖化対策計画と併せて示された。さらに、2025年5月には「GX2040ビジョン」を実現するための法律を定める形で、GX推進法が改正された。
以上のように、2020年のカーボンニュートラル宣言を契機として活性化した脱炭素化の流れは、社会情勢の変化を受けながら「GX政策」へと昇華された。GX政策は、基本方針、推進戦略、2040ビジョンといった中長期的な方針や戦略を示しつつ、その実行のための法整備を進めることで着実に推進されてきている。

出所)各種資料より作成

2.GX政策の全体像と成長志向型のカーボンプライシング

現行のGX政策の全体像は、上述のGX2040ビジョンにおいて示されている。このビジョンによれば、GX政策は主に以下の構成要素から成り立つ。すなわち、GX産業構造、GX産業立地、現実的トランジションの重要性と世界の脱炭素化貢献、GXを加速させるための個別分野の取組、成長志向型カーボンプライシング構想、公正な移行である。各分野の概要は、下図に示す。

出所)経済産業省、2025年2月18日、「GX2040ビジョンの概要(1枚)」より作成

これらの政策はいずれも企業経営に大きな影響を与える重要なものであるが、その中でも「成長志向型カーボンプライシング構想」は、各施策に横断的に関わる最も重要な要素の一つである。この構想は、GX実現に向けて官民で150兆円超の投資を今後10年間で実現するために、GX投資を促進するインセンティブを高める支援策と規制・制度的措置を一体的に、長期・複数年度にわたって実施するものである。
具体的な施策として、政府は炭素に価格をつける仕組み(カーボンプライシング)である排出量取引制度と化石燃料賦課金制度を導入する。これらの制度により、企業は二酸化炭素排出を伴う事業活動に対してコスト負担を求められる(または削減による収益を得る)こととなる。排出量取引制度は2026年度から本格稼働し、2033年度からは発電事業者を対象に負担が増加する仕組み(発電事業者への有償オークション)が導入される予定である。また、化石燃料賦課金制度が2028年度から導入される。これらの制度を通じて、2020年代後半から2030年代にかけて炭素価格が徐々に上昇する見通しが示されており、企業には将来の負担を回避するために早期から脱炭素投資を進めるインセンティブが生じる。
さらに、政府は企業による脱炭素投資を支えるために、10年間で20兆円規模の先行投資支援を行う。この20兆円の投資は、官民合わせて150兆円超のGX投資を呼び込むための支援策として位置づけられており、その資金はGX経済移行債によって調達される。2025年12月現在、GX経済移行債の発行とGX投資への政府支援は既に開始されている。政府は分野別のGX投資戦略を策定し、脱炭素につながり、かつ日本の産業競争力向上に資する案件に対して大規模な支援を行っている。
なお、GX経済移行債の償還財源は、前述の排出量取引制度と化石燃料賦課金における企業負担が充てられる。このため、成長志向型カーボンプライシング構想は、あえて平易に表現するなら、「将来の排出活動に対して課金することで得られる資金を、現在から先行的にGX投資を行う企業に回す」仕組みであり、この仕組みを明示することで、企業にGX先行投資のインセンティブを与えるものであるといえる。
海外ではEUにおけるグリーンディールや米国のIRA(インフレ削減法)などの大規模な補助政策や、EU-ETS(排出量取引制度)などのカーボンプライシング政策が存在する。しかし、カーボンプライシングを「成長志向型」と名付け、国がGX特化の債権を発行し、投資促進策とセットで設計する取り組みは国際的にも例を見ない独自の制度であり、今後の日本経済に大きな影響を与える重要な政策であるといえる。

出所)経済産業省、2025年2月18日、「GX2040ビジョンの概要(詳細版)」より、NRI作成

3.GX政策への向き合い方

2025年に入り、米トランプ政権によるパリ協定からの離脱表明やIRAの見直しに代表されるような環境・脱炭素政策に対して向かい風となる国際情勢の変化が顕著になっている。しかし、グローバルな企業経営において脱炭素の要請は依然として根強い。また、海外の主要各国では、これまでに比べると環境・脱炭素に対して、エネルギー安定供給と経済成長に関する重要性の比重を高めつつも、日本のGX政策に相当するような政策や支援を、選択と集中を行いながら進めている。
国内においては、2025年に入ってからも、改正GX推進法が成立し、数々の政策が打ち出され、大規模な補助が実行されるなど、GX政策は勢いを保ちながら着実に推進されている。また、前述の通り、成長志向型カーボンプライシング構想に基づき、2050年までにカーボンプライシングを通じて資金を回収することを前提に、既に大規模な先行投資支援が進められている。このため、GX政策は今後も継続され、企業経営において重要な要素であり続けると考えられる。
こうしたGX政策の進展は、多くの企業の経営に大きな影響を及ぼす可能性がある。まず、GX投資支援を受けた事業を推進することで、自社の事業を拡大する機会を得られる。GXに資する取り組みや製品・サービスには、大規模な支援や規制緩和が続くことが想定されるため、企業は自社の脱炭素化を進めるとともに、グリーン製品への投資拡大を進めるチャンスを得ることができる。20兆円規模のGX予算は、2022年度から10年間にわたり支援が行われる予定であり、今後、各社がGXを進める上での重要な機会となる。
一方で、排出量取引に代表される二酸化炭素排出に対するコスト増や規制は、企業の製造コストや製品・サービスの競争力に影響を与えうる。成長志向型カーボンプライシング構想では、炭素価格が徐々に引き上げられる予定であり、こうした影響は今後さらに大きくなると予想される。このことは、企業にとって競争力強化の機会となる一方で、競争力低下のリスクも伴う。
このように、GX政策は多くの企業にとって大きな影響を与えうるものであるため、各社は企業経営においてGX政策の動向を注視し、自社への影響を正確に把握し、タイムリーかつ本質的に対応することが求められる。まず、日々アップデートされる政策について全体像を把握し、自社に関連する制度の詳細を正しく理解することが重要である。その上で、これらの政策に基づく支援や規制に対して、適切な準備を進める必要がある。さらに、GX政策は2050年まで続く長期的な政策であるため、短期的な対応にとどまらず、長期的な視点で企業の戦略や計画に組み込み、継続的な取り組みを進めることが求められる。
こうした対応は、エネルギー産業やエネルギー多消費型産業といった従来からエネルギー・環境政策に関与してきた業界だけでなく、国内の多くの企業にとっても必要な動きとなる。GX政策の進展に伴い、企業は自社の競争力を高めるための戦略を再構築し、長期的な成長を目指すべきである。

プロフィール

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    佐藤 仁人

    エネルギー産業コンサルティング部

    早稲田大学創造理工学研究科経営システム工学専攻修了後、2010年に野村総合研究所入社。2017年、英ケンブリッジ大学経営学修士修了。
    入社以来、主にエネルギー・脱炭素分野における政策制度立案、事業戦略策定、新規事業開発に関わるコンルティング・実行支援に従事してきた。特に、分散型エネルギーシステム(VPP/DR等)およびグリーントランスフォーメーション(排出量取引/カーボンクレジット等)に関わる多くのプロジェクトを多く手掛けている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。