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CES2026は、AIが技術ブームを脱し社会実装フェーズへ突入する転換点となった。焦点は生成AIから、物理法則を理解し現実世界で自律的に動く「フィジカルAI」へとシフトしている。モデルや学習基盤といったAIの頭脳を米メガプレイヤーが掌握する中、日本企業の勝機はどこにあるのか。本記事では、ロボットやスマート家電、自動運転など、多様な産業で進むAI社会実装の最前線をレポートし、日本企業が狙うべき道筋を提示する。

1.CES 2026の全体像

米ラスベガスで開催されたCES 2026。今年の展示を象徴するのは、AIが単なる「技術ブーム」を脱し、社会インフラとして根付く「社会実装フェーズ」へと突入した点だ。
生成AIや自律型AIのコンセプト展示に沸き、未来の可能性を競った前回(CES 2025)とは対照的に、今回は技術をいかに使いこなし、ビジネスとして定着させるかという「実装力」へ競争軸が明確にシフトした。NVIDIAのJensen Huang氏が昨年の基調講演で提唱した、ソフトウエアのAI化と計算基盤のGPU化による「二重のプラットフォーム・シフト」は、この変化を決定づけるものだ。それは単なる技術トレンドを超え、産業構造そのものの再定義が進んでいることを示唆している。
会場では、実用を見据えたロボットや、生活空間に溶け込むAI搭載家電など、ハードウエアへの統合展示が昨年以上に目立った。もはや「AIそのもの」の性能に驚く段階は終わったと言える。AIを前提としたプラットフォームの上で、いかに独自の付加価値を生み出し、収益化につなげるか。産業界は今、夢を語るフェーズを終え、よりシビアで実利的な競争の只中にある。

2.AI自体の進化

生成AIやAIエージェントがもはやインフラとして製品に組み込まれる中、今年のCESにおける最大のトピックは間違いなく「フィジカルAI」の台頭である。今回のCESにおける展示も、AIエージェントを打ち出す展示の多かった昨年に比べ、ロボットなどのフィジカルAIの搭載を見据えたハード側の展示が格段に増加していたほか、NVIDIAをはじめとしてフィジカルAI自体に関する展示も増えていた。
NVIDIAのJensen Huang氏は基調講演の中で、AIがテキストや画像を生成するフェーズを終え、重力・摩擦・流体といった「物理法則」を理解し始めたことを強調した。これは極めて重要な転換点である。これまでのロボット制御がプログラムされた動作の再生に過ぎなかったのに対し、フィジカルAIは現実空間のシミュレーションを通じて、環境に適応しながら自律的に「動く」ことができるからだ。
特に印象的だったのは、NVIDIAが発表した自動運転開発用のフィジカルAIプラットフォーム”Alpamayo”だ。ここでは、AIが物理世界の制約を学習し、複雑な交通状況下でも最適な制御を導き出すデモが披露された。AIが「脳」だけでなく、物理的な「身体性」を獲得し始めたことで、物流ロボットや製造ライン、そして自動運転車に至るまで、リアル社会でのAI実装が爆発的に加速する土台が整ったと言えるだろう。

図表1:AIの進化

出所)各種公開情報・CES展示情報を基にNRI作成

3.B2B領域におけるAI活用

これまで産業界でのAI活用は、最適化・予測検知といった「単独の企業・技術に閉じた効率化」に留まっていた。しかし、生成AIやフィジカルAIの急速な進化により、もはや一社単独の改善ではなく、企業の枠を超えた「バリューチェーン全体での高度化」が可能になりつつある。
こうした中、今回のCESにおいて、AIは人間を上回る判断を下す「賢者」ではなく、複雑なシステム全体を調和させる「オーケストレーター」として再定義された。象徴的だったのがSiemensの基調講演である。彼らはAIを「センサー・ロボット・人を繋ぐ存在」と位置づけ、産業実装には「テクノロジー」「ドメインノウハウ」「データインテグレーション」に加え「パートナー」が不可欠だと説いた。実際、会場では異業種間の提携発表が相次いだ。AIがバリューチェーンの境界を溶かし、データを統合することで付加価値を高める特性を持つ以上、未踏の活用法を模索するには「共創」が最も合理的だからだ。
また「テクノロジー」の観点では、デジタルツインも「開発の前提インフラ」として定着した。仮想空間での学習結果を現実に適用するワークフローが標準化したことで、PoCのスピードは劇的に向上し、共創活動を加速させている。
今後のB2B市場における競争軸は、「より高性能なAIを持つか」ではない。「いかに早く多くの現場・パートナーを巻き込み、エコシステム全体でAI実装を実現するか」という実行力に移行したと言える。

4.B2C領域におけるAI活用

「家電へのAI搭載」は急速に前提化し、単体では差別化の源泉になりにくくなった。Matterをはじめとする共通規格の整備も進み、メーカー横断の連携条件が整い始めている。差が出るのは、つながった先で体験価値をどこまで高め、自社のHome OSと家電群を使い続ける理由に転換できるかである。戦略は二極化し、LGはCLOiDに代表されるフィジカルAIで家事のラストワンマイルまで完了させ、家事そのものをゼロに近づける縦の深化を狙う。Samsungは保険やエネルギーなど異業種と連携し、生活領域を面で拡張する横の展開で主導権を狙う。LGのアプローチではロボットの費用対効果と生活空間への受容性が、Samsungのアプローチではデータ保護とガバナンスが普及のボトルネックになり得る。普及の初速は個人購入に頼るより、物件や施設への先行導入で体験を先に提供するモデルが鍵となりつつある。加えて日本では、ロボット掃除機の普及が米国や韓国ほど進んでおらず、家庭内でロボットが家事を一貫して担う環境はまだ一般化していない。住宅事情や生活習慣の違いに加え、家事のラストワンマイルまで自動化しようとすると複数のロボットや設備が必要となり、費用対効果の観点でも導入のハードルが高くなりやすい。そのため日本市場では、ロボット中心に家事自動化を深める縦の深化よりも、家電データを保険・エネルギー・見守りなどのサービスと連携し、生活価値を面で高める横展開が先行しやすい可能性がある。家電メーカーと保険会社など他業界の連携余地は大きく、その前提となるセキュリティとデータガバナンスを整備し提供すること自体が、新たな事業機会になり得る。

5.AI浸透に向けた課題

AIモデルの進化は続くが、今後、フィジカルAIが社会実装で問われるのは、ソフト単体の賢さだけではなく、人間を中心とした物理空間で機能する全体システムへの適用だ。
従来からのソフト開発や運用コスト、学習電力の制約に加え、AIが働ける「身体」(ハードウェア)をどう用意し、ユーザーの受容性をどう確保するか、が律速になり得る。
CES 2026ではAI×ロボットの展示が相次いだ一方、コーヒードリップや衣服の畳みといった限定タスクにとどまっており、ソリューションの幅を広げるためにはセンシングや関節駆動の進化も不可欠だ。当面は用途ごとに必要十分なハードを使い分け、必要十分なハードを設計して部分適用を積み上げ、実装を前倒しする動きが強まることが予想される。今後は「どのAIか」だけでなく、「AIが力を発揮できるハードをどう設計するか」自体が差別化の源泉になる。
ユーザー受容性も普及に向けて非常に重要な要素だ。ロボタクシーは実用化が進むほど「本当に安全か」という心理的ハードルが顕在化する。WAYMOやZOOXが定量エビデンスの提示や試乗プランの提供で信頼を積み上げる取り組みを進めている。このように、いきなり100点を狙うのではなく、人が介在できる余地を残して「まずは使ってもらえる状態」を先に作ることが重要であると考える。運行エリアの限定や遠隔サポートなど、安心を“見える化”する仕組みも不可欠だ。

6.日本企業への示唆

CES 2026で明白になったのは、AIの頭脳(チップ・学習基盤)をNVIDIA等のメガプレイヤーが掌握し、実装フェーズへ移行した現実だ。技術が成熟するのを様子見しながらの「後出しじゃんけん」は致命的だ。データの蓄積量で性能が決まるAIでは、参入が遅れるほど挽回困難になる。また、プラットフォーマーの基盤そのものの代替も、投資規模とエコシステムの厚みを考えれば、これは事業環境の前提として認識すべきだろう。では日本企業の勝機はどこにあるのか?重要なのは、価値の中心である「フィジカルAI」も、物理世界で安全・正確に機能するためには、高品質なセンサーや精密な制御機構といった信頼できる「身体(ハード)」が不可欠である点だ。実際、NVIDIAは自社のAIインフラを物理世界に実装するため、ロボティクスやモビリティ等のハードウェア・パートナーを急拡大させている。さらに、自前での垂直統合を進めてきた産業オートメーションの巨人Siemensでさえも、自社単独のハード・ソフトだけでは限界があるとし、「Siemens Xcelerator」を通じてオープンなエコシステム構築へ舵を切った。彼らもまた、自社のAIを物理世界で正確に動かすための信頼できるパートナーを渇望しているのだ。ここに日本企業の勝機がある。
目指すべきは、メガプレイヤーのバリューチェーンにおける「単なる部品サプライヤー」からの脱却だ。自社の高度な制御技術や品質を武器に、特定の企業に依存するのではなく、複数のAI基盤に対して安全かつシームレスな物理制御を提供する「物理プラットフォーム」へと自社の立ち位置を昇華させる必要がある。
そのためには、待ちの姿勢を捨て、戦略的なアライアンスやルールメイキングに能動的に打って出ることが肝要だ。メガプレイヤーに対して「安全に動かすためにはこの制御効果的だ」「現場で正しく稼働させるためには、このセンサー構成が最適だ」などと働きかけ、自社技術を彼らの推奨アーキテクチャに組み込ませるのだ。
自社のコア技術をいかに再定義し、巨大エコシステムの中でいかなる提携・標準化戦略を描くか。このポジショニングの再構築こそが、次なる成長の鍵となる。

加えて重要なのは、ハードを「売って終わり」にしないことだ。AIの競争力は、運用を通じて得られるデータやその使い方で決まる。上市後もメガプレイヤーと中長期で共同運用し、現場の高品質なデータを収集・解析してAIを進化させる「データ収集と学習のループ」を共に回す必要がある。そのためにも、AIメガプレイヤーと業界標準を創る共創パートナーのポジションを獲得する必要があるのだ。
「AIメガプレイヤーのイチ顧客」から、AIを物理世界で育て続ける「進化の共創パートナー」へと自己変革できるか、ゲームチェンジの中核的なポジションを確保できるかが、既に問われはじめている。

図表2:日本企業の勝ち筋

出所)各種公開情報・CES展示情報を基にNRI作成

ご関心のある方は、詳細版の資料をダウンロードいただき、ご参照いただければ幸いです。

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