GX2040ビジョンでも掲げられている「公正な移行」は、脱炭素社会への転換に伴う産業構造や雇用への影響に対し、労働者や地域が取り残されないように支援を行う国際的な概念である。政府等は、「公正な移行」への対応として、人材育成(スキルの可視化や教育訓練等)や労働移動(雇用マッチングやリスキリング事業等)に関する支援を推進している。一方で企業側も、社外を巻き込んだ人材育成やスキルベースでの人材確保など、多様なアプローチで対応を進めている。
1)GX2040にて掲げられている「公正な移行」
<「公正な移行」とは>
GX推進は、産業構造、労働市場、地域経済など、社会経済の広範囲に影響を及ぼす。その過程では、技術的・経済的な発展が期待される一方で、既存の産業や雇用、地域社会に対して負の影響が生じる可能性もある。こうした課題に対処するために国際的に提唱されている概念が、「公正な移行(Just Transition)」である。
国際労働機関(ILO)は、「公正な移行」を、環境的に持続可能な経済と社会への移行の過程において、すべての人々にディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を提供し、社会的包摂と貧困根絶を促進するための概念と定義している。ⅰつまり、脱炭素社会への転換に伴い、失業や需要減少などの不利益を受けうる労働者、企業、地域が取り残されることのないよう、公平かつ十分な支援を行いながら移行を進めることが求められる。この考え方は、国際労働機関(ILO)や国連気候変動枠組条約(UNFCCC)など国際的枠組みにおいても、重要な概念として位置づけられている。
「公正な移行」が求められる背景には、GX推進に伴う成長分野の創出によって関連人材の需要が拡大する一方で、産業構造の転換により一部の既存産業が縮小局面に立たされるという、二つの相反する変化が存在する。「公正な移行」の実現に向けては、この二つの社会的な変化を十分に理解した上で、政府等や企業が対応を検討することが求められる。
<GX2040ビジョンで示された「公正な移行」に対する考え>
2025年2月に「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略 (GX推進戦略)」の改訂として政府が公表した「GX2040ビジョン」にも、注力すべき要素として「公正な移行」が掲げられている。
「GX2040ビジョン」では、「公正な移行」に関して、『地域を含め新たに生まれる産業への労働移動を適切に進めていくとともに、GX産業構造への転換に伴い労働者が高度化されたサプライチェーンで引き続き活躍できるよう、必要な取組を進めることが重要となる』と記載されている。具体的には、『GXの推進に伴う産業構造転換の中で生まれる新たな労働需給や地域経済への影響に対応すべく、関係省庁が連携し、マッチング支援を含む成長分野等への労働移動の円滑化支援、在職者のキャリアアップのための転職支援やリスキリング支援、ロボティクスやAIなどのDXを活用したサプライチェーンの高度化に対応するための新たなスキルの獲得支援』等の対応策が明記されている。ⅱ
政府はGX推進による産業構造への転換によって影響を受ける労働者に対して、スキルの獲得等を支援する人材育成と、マッチング支援等の円滑な労働移動の両面から施策を検討していることがわかる。
2)「公正な移行」に関連した政府等の施策
政府等による「公正な移行」に関連した施策として、<人材育成を支援する施策>と<労働移動を促す施策>の二つが挙げられる。
<人材育成を支援する政府等の施策>
人材育成に関連した政府等の施策を、①GX推進を背景として成長する分野に向けた施策と、②GX推進がもたらす産業構造の転換により事業領域が縮小する分野に向けた施策の2つに分けて紹介する。
- ①GX推進を背景として成長する分野に向けた施策
まず、企業の事業構造転換を後押しするため、それに必要な人材の育成を支援する施策が存在する。具体例として、中小企業庁が実施する事業再構築補助金が挙げられる。
また、スキルを可視化する施策も有効である。これにより、労働者は自身の持つスキルを客観的に証明でき、企業はそれを正確に把握して効果的な人材育成につなげることができる。具体例としては、厚生労働省による「技能検定制度」や、経済産業省と民間企業が連携するGXリーグ(GX人材市場創造WG)が策定した「GXスキル標準」が挙げられる。
さらに、産官学が連携して人材育成プログラムを提供する施策もある。GX推進に関わる知識やスキルを学ぶ意欲がある労働者が、経済的・時間的な制約にとらわれずに学べる環境を整えることで、特定の業界内にとどまらない、業界の垣根を越えた人材育成が可能となる。具体例として、近畿経済産業局が業界団体とともに事務局を務める「関西蓄電池人材育成等コンソーシアム」が提供する、教育機関や大学生等向けのバッテリー教育プログラムが挙げられる。ⅲ - ②GX推進がもたらす産業構造の転換により事業領域が縮小する分野に向けた施策
労働者が必要なスキルを習得する機会を提供するため、教育訓練に対する公的支援が実施されている。具体例として、国や各自治体(都道府県・市町村)が実施する公共職業訓練や、厚生労働省が実施する「教育訓練給付金制度」が挙げられる。
また、企業を通じて労働者のスキル獲得を支援する施策も存在する。これらの具体例として、厚生労働省が実施する「人材開発支援助成金」や「教育訓練プログラム開発事業」が挙げられる。
<労働移動を促す政府等の施策>
次に、労働移動に関連した政府等の施策を紹介する。GX2040ビジョンでも触れられている通り、離職者等が円滑に労働移動できる状態が理想的であるが、その実現のためには、離職等が発生する可能性を早期に予見しておくことも必要となる。こうした観点の具体例として、厚生労働省が実施する「再就職援助計画」が挙げられる。
一方、労働者が円滑に労働移動するためには、雇用のマッチングを支援する仕組みも重要である。代表的な事例は厚生労働省が運営するハローワークであるが、地方自治体が独自に実施する取組もある。例えば、工場閉鎖に伴い離職を余儀なくされる労働者が発生する際に、地方自治体が再雇用に向けた相談窓口を設置して個別に対応する、企業との面接機会を設定し「つなぎ役」としての役割を果たすといった施策も行われている。
また、新しい職務や業務に対応するために必要な知識やスキルを再習得するリスキリングへの支援も実施されている。具体例として、経済産業省が実施する「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」が挙げられる。

出典)各省庁・都道府県・市町村及びGXリーグのHPに基づき、NRI作成
3)「公正な移行」に関連した企業の取組
政府のみならず、企業も「公正な移行」に関連した取組を実施し、各社や各業界での人材育成・人材確保に努めている。
<人材育成・配置転換に関する取組>
再生可能エネルギーをはじめとする脱炭素関連の「GX求人数」の増加ペースに対し、実際の転職者の伸びが鈍く、今後の成長領域となるGX関連分野での慢性的な人材不足が見込まれるという調査結果も出ている。ⅳこうした労働市場の変化を踏まえると、社内の成長分野に向けた積極的な人材育成や登用など、社内リソースの有効活用が重要となる。具体的な施策としては、海外等の先進的なプロジェクトへの人員派遣やグループ企業も含めた社内公募制度などが挙げられる。
また、業界横断的なコンソーシアムの形成による人材育成プログラムの開発も有効である。具体例として、「洋上風力産学官連携コンソーシアム」が挙げられる。同コンソーシアムは、九州大学洋上風力研究教育センターが事務局を務め、79の企業と12の公的機関が参加しており(令和8年5月30日現在)、企業と大学などが連携して人材育成のための教育プログラムを提供している。ⅴ
<人材確保・採用に関する取組>
人材確保・採用においては、既存の業界にとどまらず、幅広い業界から人材を採用して新規事業などを推進する動きも出ている。その際、業界経験よりも各人が持つスキルを重視した採用が行われることもある。また、未経験者を社内で育てることで必要な人材を確保するという方針に基づき、学生インターンを積極的に採用する企業もある。さらに、社外のナレッジを獲得する上で、中途市場からの人材確保を目指すだけではなく、取引先企業等への出向・出向の受け入れを行う企業もある。このように、人材確保・採用の手法には多様化が見られる。

出典)経済産業省「GX関連企業における人材確保に関する取組事例集」令和7年3月に基づき、NRI作成
- ※弊社では、経済産業省の委託事業として「GX関連企業における人材確保に関する取組事例集」を作成した。関心のある方は、以下のURLよりご参照されたい。
経済産業省「GX関連企業における人材確保に関する取組事例集」令和7年3月
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GX_HR/GX_HR_cases_2024.pdf
- ※本コラムに関連し、「公正な移行」に関する海外事例をまとめた論文を発表している。関心のある方は、以下のURLよりご参照されたい。
NRIマネジメントレビュー 2026年2月号「『公正な移行』を実現するために必要な人材施策と海外事例」
https://www.nri.com/jp/knowledge/publication/region_202602/03.html
- ⅰILO「Guidelines for a just transition towards environmentally sustainable economies and societies for all」2016年
- ⅱ 経済産業省「GX2040ビジョン ~脱炭素成長型経済構造移行推進戦略 改訂~」2025年2月18日
- ⅲ経済産業省近畿経済産業局「関西蓄電池人材育成等コンソーシアム」令和8年4月21日更新
- ⅳ 株式会社リクルート「GX(グリーントランスフォーメーション)求人は6年で5.87倍に増加の一方、転職者は3.09倍にとどまる グリーン戦略に取り組む人材の育成・確保に課題」2023年8月30日
- ⅴ 九州大学洋上風力研究教育センター「洋上風力産学官連携コンソーシアム」2026年5月30日現在
プロフィール
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榎本 拓実のポートレート 榎本 拓実
社会システムコンサルティング二部
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