1.はじめに
これまで6回にわたり、物流関連2法の改正とCLO(物流統括管理者)制度の趣旨を踏まえながら、CLO(物流統括管理者)が担うべき戦略的役割や、DXを活用したサプライチェーン改革の手法を論じてきた。しかし、いかに筋の良い物流戦略を描き、最新のデジタル基盤を整えたとしても、実行し続ける「組織」と「人」がいなければ改革は実現されない。とりわけ物流は、調達・生産・販売の意思決定の結果として調整コストが集中しやすく、現場改善の延長では解けない、売上・サービス・コスト・在庫といった複数KPIのトレードオフが常に発生する領域である。
物流部門が、毎年のように「コスト増を何とか吸収した」「欠品・遅延を最小限に抑えた」といった現場レベルの奮闘によって何とか結果をつないでいるものの、その原因となった上流の意思決定(営業が約束した過剰なサービス水準、生産が選んだ非効率なロット計画、調達が許容した長すぎるリードタイムなど)には、手がつかずに過ごしてはいないだろうか。
この構造に手をつけないかぎり、物流コストは上がり続け、人手不足や委託先の制約という外部環境の変化に対しても、物流部門だけが対処を迫られる事態が続く。売上・サービスレベル・在庫・輸送コストは常にトレードオフにあり、その調整コストは物流部門に集中しやすい。しかし、そのトレードオフを解くための意思決定権限を、物流部門は持たずにきた。
CLOに求められるのは、この構造そのものを変える権限と責任を経営から付与される存在であることだ。単に物流の専門家として現場を束ねるのではなく、営業・生産・調達の意思決定に物流コスト・リスクの観点を組み込み、全社最適の合意をリードする。それがCLOへの転換の意味であり、本稿ではその「人」と「組織」の設計を論じる。
新設されるCLOは、サプライチェーン全体を俯瞰し、部門間の利害を調整して全体最適をつくる役割を期待されている。一方、多くの日本企業では縦割りが強固であり、CLOが単なる「物流部門の長」として置かれた場合、営業・生産・調達に対して影響力を行使できず、会議体だけが増えて実態が変わらない、といった事態も起こり得る。
したがって、重要なのは、個人の卓越性に依存するのではなく、CLOの役割を明確化し、その役割にふさわしい要件を備えた人材をCLOに登用し、必要な権限と責任を付与するガバナンス設計(Office of CLO)を構築することである。第1回から第6回までで扱ってきた法対応、KPIマネジメント、DX・ポートフォリオ診断の土台の上に、「人」と「組織」という観点をどう乗せるかが、本稿のテーマである。本稿では、人的資本経営の潮流の中で人事部機能長がCHROとなることを求められた過程で顕在化した課題を手がかりに、CLOに求められる人材像と、それを支える組織体制を解説する。
2.機能長がCXOとなるために求められる変化
人的資本経営の進展に伴い、多くの企業でCHROポジションが設置されるようになった。しかし現場で起きたのは、人事機能長から肩書きが変わっても機能が変わらない、というギャップである。人事・物流の機能部門には共通のメンタリティがある。すなわち「決められたコストの範囲で改善を積み重ねる」「前例踏襲・横並び志向が強い」「自ら構想し意思決定する経験が乏しい」といった傾向である。この延長線上でCXO役割を担おうとすると、経営アジェンダを扱うための視座や交渉力が不足しやすくなる。
機能長がCXOとなる過程で顕在化した問題は、大きく3つに整理できる。
第一に、能力・ケイパビリティの不足である。全社戦略、事業理解を欠いたままでは、経営会議で人事や物流といった自分の過去の専門分野に閉じた発言にとどまり、経営レベルの議論を動かすことができない。
第二に、人材不足である。現場はオペレーションで逼迫しており、企画・変革機能に人を割けないケースが少なくない。結果として、求められる能力・ケイパビリティを培うための経験を積むことができないケースが往々に存在する。
第三に、役割と権限が曖昧になりやすい日本型雇用システムの問題である。海外では「CXOとは何を担い、どこまでの権限を持つか」という共通理解(職務記述書とアカウンタビリティ)が比較的明確である一方、日本では「人に仕事がつく」傾向が強く、就任者の力量次第で役割そのものが縮小し、周囲も権限移譲をためらいがちである。その結果、「CXOはいるが、機能長の延長」という状態が生まれる。
この構図は、CLOでも高い確度で再現されうる。CLOを置いた瞬間に、物流が全体最適になるわけではない。営業・生産・調達はそれぞれ固有の合理性を持ち、物流はその間で調整圧力を受ける。CLOが「運ぶ部門の長」のままであれば、製販の要請を受け止めるだけになり、非効率の負担が物流に集まる。つまり、CLO化で問われるのは“物流の専門性”そのものというより、ミッションの変化である。問題を起こさないためのオペレーションを確実に回す役割から、先の見えない将来に向けて方向性を示し、経営アジェンダとしてのサプライチェーン改革をリードする存在へ。この転換を、役割定義と人材・組織で実装できるかが勝負になる。
3.CLOが求められる人材要件
図表 CLOに求められる人材要件

出所:NRI作成
個人の卓越性に依存せず、再現性ある形で「優れたCLO」を生み出すためには、必要な人材要件を明らかにする必要がある。ここでは、少なくとも押さえるべき四つの要件を整理する。
- (1)経営目線でのトレードオフ思考
物流はコスト部門に見えやすい一方、実態としては売上・粗利・在庫・サービスレベル等を同時に動かす経営レバーである。したがって、単なるコスト削減ではなく、サービス、品揃え、リードタイム、リスクのトレードオフを、他の役員を説得するための経営言語で論じ、意思決定に結びつける力が求められる。 - (2)自社起点での課題構想力(前例踏襲からの脱却)
優れたCXOに共通するのは、他社事例の模倣ではなく、自社の課題を起点に打ち手を構想し、実行に移す点である。物流においても、需給、拠点網、輸配送、人手不足、外部委託、災害・地政学リスクなどの論点を自社事情に即して統合し、施策として組み立てる力が不可欠となる。
特に、非連続的な改革の実行を求められる局面では、上記に加えて、自社の戦略を深く理解し、短期ではなく中長期目線でバックキャストをする能力も求められる。 - (3)他部門と均衡を取る統合・交渉能力
CLOの仕事の中心は、物流部門内の最適化にとどまらない。営業・生産の意思決定に踏み込み、全社最適の観点から合意形成を主導する必要がある。そのためには、事業理解を前提とした対話力と、経営会議での発言の質が欠かせない。 - (4)部門横断的な思考を育むキャリア形成
著名CHROのキャリアから示唆される通り、海外現法やグループ会社のCEO、経営企画、デジタル化等を経験した人材は、部門横断の論点を扱いやすくなる。計画的な人事異動により、こうした能力を備える人材を育成するか、CLOの右腕やチームで機能を補完する設計に転換することが重要である。
優秀人材の部門を跨ぐ異動では、「手放したくない」という所属部門長からの抵抗が頻繁に発生する。画期的な解決策はなく、CEOのトップダウンによる配置決定と、異動のメリットを丁寧に説明し続けることが重要である。流動的な異動配置を実現している先進企業でも、立ち上がりは抵抗が強いものの、粘り強く続けることで、「組織間の連携が円滑になった」という成功体験が蓄積され、やがて「もっと理解してもらうために優秀な人材を送ろう」と自発的な異動が生まれていく。
4.CLOを支える組織体制―Office of CLOの設計
CLOを機能させる組織体制は、「物流機能を組織のどこに置くか」「CLOにどこまでの権限を渡すか」だけでなく、物流組織が担う機能をどの象限まで拡張するかという論点を欠かせない。ここで示唆になるのが、人事領域で広く参照されるUlrich Modelである。人事機能を「日常運用」「戦略パートナー」「改革推進」「現場支援」といった役割に分けて整理したものであり、物流機能にも援用することができる。
図表 人事機能に関するモデルの物流機能への援用

出所:NRI作成
多くの企業の物流機能は、現状として図の左下(Administrative Expert:日常業務・運用×プロセス)が最も強い状態にある。すなわち、輸配送・倉庫の運用、KPI管理、事故・欠品・遅延の抑止、現場の改善といった“確実に回す”力である。一方で、CLOを新設する背景にある課題―需給変動、人手不足、委託先の制約、コスト上昇、災害・地政学リスク、サービス水準要求の高度化―は、左下の延長(改善の積み上げ)だけでは解きにくくなっている。したがってOffice of CLOは、左下を土台にしつつ、意図的に左上と右上を強化する設計に転じる必要がある。
- (1)Strategic Partner(左上):全体最適の意思決定を可能にする
CLOが「運ぶ部門の長」にとどまると、営業・生産・調達の要請を受け止める調整役になり、物流が負荷の受け皿になりがちである。これを転換するには、図の左上(Strategic Partner:将来・戦略×プロセス)を、CLO個人の能力ではなく組織の機能として実装しなければならない。
ここで重要なのは、横断組織や会議体の新設ではない。「CLOがリードして決める領域」(サービス水準、拠点網、委託方針、需給・在庫の運用ルール、投資評価など)を明文化し、関係部門が従うべきルールとして落とすことである。日本型雇用システムの下では、権限移譲の範囲が個人に依存しやすく、役割が曖昧になりがちである。ジョブ型雇用システムにおける職務定義書の発想で、人と切り離して、果たすべき役割とアカウンタビリティを先に固めることが、戦略的パートナーとしての機能を成立させる前提になる。 - (2)Change Agent(右上):改革の“継続”をしくみ化する
次に欠けやすいのが、図の右上(Change Agent:将来・戦略×人材)である。戦略や構想が描けても、現場・関係部門の行動が変わらなければ成果は出ない。また、CLOの個人技に依存した改革は再現性がなく、異動や退任で失速する。よってOffice of CLOには、改革を継続させるための「変革設計」の機能が必要である。
右上を担う人材は、物流の運用経験だけで充足しない場合が多く、経営企画・デジタル・財務・人事などの経験者を混成させ、「チームとして右上を持つ」設計にしておくことが現実的である。 - (3)Administrative Expert(左下):強みを維持しつつ、左上・右上に人と時間を“振り替える”
現実には、物流ではオペレーションが逼迫しており、「左上・右上に割く余力がない」ことが最大の障壁になる。ここで必要なのは精神論ではなく、左下の業務を守りながら、左上・右上へ計画的にリソースを振り替える設計である。例えば、
- 左下の標準化・集約・デジタル化で“空き時間”をつくり、左上・右上へ人を移す
- 左上(戦略・設計)を最初から大人数で作らず、論点を絞った小チームで立ち上げる
- 右上(変革・定着)をプロジェクト型で組成し、成功パターンを横展開できる型にするといった進め方が有効である。
CLO新設はゴールではなく、経営が物流を意思決定の俎上に載せるための出発点である。左下(運用)に偏った組織のままでは、CLOの肩書きだけが先行し、会議体が増えるのみで実態が変わらない事態を招く。Office of CLOは、左下の基盤を踏まえつつ、左上(Strategic Partner)と右上(Change Agent)を組織機能として立ち上げることによって、CLOを「個人」ではなく「仕組み」として機能させるべきである。第1~6回で示してきたKPIマネジメントやDX・ポートフォリオ診断の取り組みも、こうした体制のもとで初めて持続的な改革へとつながる。
ご関心のある方は、詳細版の資料をダウンロードいただき、ご参照いただければ幸いです。
プロフィール
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松岡 佐知のポートレート 松岡 佐知
経営コンサルティング部
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早川 さとみのポートレート 早川 さとみ
経営コンサルティング部
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。