人手不足が深刻化する製造業では、AI活用を避けては通れない。業種や業務によっては熟練者の「勘と経験」に依存した事業運営がされていたが限界を迎えつつある。AI活用に適した条件は、データの反復性・生産環境の安定性・工程間の波及性・組織の継続性という4つの構造要因に左右され、これらに不利な受注生産型・個産型産業では、AIの部分導入が難しくかえって逆効果を招きやすい。求められるのは、業務を標準化し、人手で追ってきた工程間の整合を自動化し、暗黙知を評価制度で組織資産へ転換する全社的な構造改革である。
NRIでは、受注生産型・個産型産業における、AI導入の課題や成功要諦について、業界特有の事情や先行事例などから整理し、本コラムで提示する4つの構造要因と3つのゴールがポイントであると考え、成功の要諦について考察・紹介する。
1.受注生産型・個産型製造業でAI活用が不可避になる背景と必要性
日本のものづくりは、長らく現場の熟練技能者が持つ高度な暗黙知、すなわち「勘と経験」によって支えられてきた。特に、建設やプラント、造船のように案件ごとに仕様が異なる受注生産型(Make-to-Order)・個産型(Engineer-to-Order)製造業は、一品一様の個別受注生産を特徴とする1。こうした難しい案件でも、熟練技能者が都度判断し、行間を読み、工程間の不整合を吸収することで、高い品質と競争力が維持されてきた。このヒトの判断力こそが、日本製造業の強みの源泉であった。
しかし、労働人口の急減により、その前提は崩れようとしている。日本の生産年齢人口はピーク時から2050年にかけて大幅に減少する見通しであり、熟練技能者も近い将来不足することが予想される。かつての強みであった熟練技能者依存の構造が、そのまま事業継続上のリスクへと転化しつつあると言える。
こうした背景のもと、AI活用への期待が高まっている。ただし、AI活用をAI導入と同義だととらえ、AI活用による成果まで実施・検証に終わってしまうこともある。本稿ではAI導入の真の目的は、「ヒト依存」を構造的に最小化して事業継続性を確保すると同時に、競争優位を獲得することであるべきと考える。そのためには、AIを前提に業務プロセス・データ・組織を組み替える経営レベルの意思決定が要る。どこまでを標準化するか、データの所有と承認を誰が担うか、何を評価するか——いずれも現場の努力だけでは動かない領域である。
2.業界でAI活用の差を生む4つの構造要因――なぜ受注生産型・個産型ではAI活用が進まないのか
多くの企業はAIの活用に際し、二つの壁に直面している。一つは、紙媒体や職人の暗黙知に依存する「デジタル化の壁」、もう一つはデータがあっても流れやワークフローが未整備な「AI化の壁」である。前者はAI導入の前提となる課題であり、後者はDXが進んだ企業が次に直面する真の課題である。AIが成果を出すには、ツールと同時に、データが標準化・統合され工程間を流れる情報連携インフラが不可欠である。
もっとも、この情報連携インフラを整える難度は、業界によって大きく異なる。IBMの調査によれば、AI導入の進展には業界差が大きい2。さらに、その成果に違いを生むのは、次の4つの構造的要因(以下、「4要因」)である。
- データの反復性:同種・同形式のデータが繰り返し発生し、AIが学習可能なサンプルが蓄積されるか。
- 生産環境の安定性:計測・制御環境が安定し、データ品質を担保できるか。
- 工程間の波及性:上流変更が下流へ波及する度合いが高いか。
- 組織の継続性:同一組織・メンバーが継続的に従事し、知見が蓄積するか。
図1 製造業のAI活用を左右する4要因の比較と業界別の難易度3

出所)NRI作成
これらの要因に基づき、生産方式・時期などの違いに着目して製造業におけるAI活用に向けた土壌がどの程度整っているかを比較評価したのが図1である。自動車や汎用(はんよう)電子部品のような同一仕様の製品を繰り返し生産する特徴のある量産型の領域では、同種データの蓄積や安定した生産環境が得やすく、これらの要因において有利である。一方、AI導入へのハードルが高くなりやすいのが、建設・プラント(EPC4)、大型産業機械、造船といった領域である。受注生産型・個産型では、案件ごとに仕様が異なり、外部環境の変化を受けやすい。また、上流工程での設計等の変更が全工程へ波及し、プロジェクトチーム編成が変わりやすい特徴がある。こうした構造的弱点を、これまではヒトが「勘と経験」で吸収することが多かった。
3.AI活用のポイントは、業務・組織の設計
受注生産型・個産型においてAIの活用が進まない課題は、この「ヒトが勘と経験で吸収する」構造の克服が極めて難しいことにある。第1に、仕様が案件ごとに異なる特徴があり、収益源・差別化要因となっている。量産型の特徴でもある「一律の標準化」はビジネスモデルが異なり、受注生産型・個産型への適用が難しいため容易に導入ができない。第2に、いわゆる状況や条件による「ケースバイケース」での対応が求められる領域は、仕様や設計の条件の定量化や分類体系が不十分なまま残されており、データ自体が存在しても、分類・標準化の軸がなければ統計的に活用しにくい。第3に、製造工程のデジタル化やAI化において横断のデータ整合に関する責任をIT部門、設計部門、現場での役割や体制が構築されていないもしくは必要となることが課題となることである。いずれも、技術ではなく業務・組織の問題である。
受注生産型・個産型においても人手不足は課題となっており、AI活用が必要不可欠なフェーズに直面している。「AIが導入しにくい」はずの領域で、AIを導入し活用するためには、業務・組織を設計し適切な運用ができる体制を構築することが必要となる。
4.AIの成果を実現させるために必要な3つの条件と失敗・課題につながる部分導入の罠
AIの活用を実現するためには、業務・組織をどのように設計すると効果的なのか。AIが機能するための前提条件は、これまでも多くの整理がなされてきた5。AI活用の前提として下記の3条件の成立が必要であると考える。
- 機械可読性(machine-readability)――AIが学習・処理しやすい形式でデータが保存されている状態
- 単一の真実源(以下、「SSoT」)6――どれが最新で正しいかが一意に定まっている状態と適切に管理されている状態
- 責任の所在(accountability)――データがいつ、誰によって生成・承認されたかが辿れる状態
なお、前述したAI導入における4つの構造要因とAI活用を効果的にする3つの条件について整理したのが図2である。
図2 AI導入の4つの構造要因を課題克服するための3つの条件

出所)NRI作成
これら3つの条件は、経営課題であり、実現には経営改革が必要である。
重要な点は、3つの条件の1つでも欠ければAIは十分に機能しないどころか、逆効果になる可能性がある。例えばSSoTを欠けばデータの多重化と版の不整合(二重管理)が課題となり、責任の所在が不明確になれば現場の防衛的回帰7を招く。構造要因や条件を整えず安易にツールだけを導入した場合、こうした「部分導入の罠」に陥り、導入前より業務負荷が増すことがあり得る。いわば、「IT生産性パラドックス」である8。
5.効果的なAI活用に向けた経営改革と成功の要諦
本稿では、AI活用を効果的に実施するための経営改革に関して提案する。成功に必要なポイントを整理すると主に次の3点である。①業務の標準化・構造化、②工程連動の構築、③運用主体の継続化・知識資産化(図3)。いずれも、個別ツールの導入や現場のボトムアップだけでは成立せず、組織や業務の設計や役割など全社的な経営改革が必要となる。
図3 AI活用を効果的にする経営改革の要諦

出所)NRI作成
第1に標準化である。案件ごとに異なる業務のうち反復可能な領域を切り出し、データ項目や判断基準をそろえる。個産型では製品の仕様が毎回異なるため、製品の標準化は難しい。見積時の数量拾い(BOQ)から積算までの項目体系、設計変更指示書の分類コード、設計・施工の取り合い確認項目など、データの種類も多く多岐にわたる。そのため、標準化を検討するには、案件間で形式が共通する項目や、ある程度型の同じもしくは類似した中間成果物を特定し、項目定義をそろえる。経営が決めるのは、標準化すべき対象と標準化プロセスである。一方、デジタル化やAI化のできない分野や不適な分野もあるためその見極めも必要である。
第2に工程連動である。データ、使用するツール・手段・手法、さらには組織が分断された状態では、全工程で連携した効率化やAI活用は難しい。例えば、上流工程の変更が自動的に他の工程に連携・反映される仕組みができれば、「どれが最新で正しいか」が一意に定まる。基本設計、詳細設計、生産設計、製作・生産など工程も多く版管理も煩雑となるため、どの部分にどのように適用するのか検討することが重要となる。経営が決めるのは、SSoTを担保するための適切な役割分担や組織設計であり、これはデータの管理者や責任者の設定・設置をすることではない。「どの項目を、誰の責任で、どこまで実施するか」を定めることは、案件全体の統制責任の所在を明確にするだけでなく、組織としての責任の在り方を明確にすることと同義でもある。したがって、部門横断での意思決定権や責任の所在の明確化、変更におけるルール化、全社的にプロジェクトマネジメント(PM)が機能する体制を確立すること、組織改革や業務改革へと踏み込むことになる。
第3に継続的な運営に向けた知識の資産化(知財)である。案件ごとにチームが編成されるため、個々の案件や担当者に属人的に蓄積する知見や技術などのナレッジがある。組織や案件をまたいで、知識や技術を連携することが課題となる。横断的かつ統括的な立場で知財として管理する組織が存在しないことが多いため、自社の知財として適切に管理し全社横断で連携・提供する機能や存在が必要となる。
また、組織設計に際し、評価・人事制度など業務以外の改革も必要となる。
人手不足やAI活用による効率化など個々の事象に起因した対応ではなく、組織全体に関わる経営改革である。つまり、これからの製造業にとって最上位の経営アジェンダとなる。
本稿では、受注生産型・個産型など(建設・プラント・造船など)の製造業におけるAI活用の必要性と課題、そしてAI活用を効果的にする経営改革の成功要諦に関して、概観した。詳細版の資料にご関心のある方は、ぜひ資料をダウンロードのうえ、ご参照されたい。
- 1本稿では、顧客の要求に応じて設計から着手する形態(Engineer-to-Order)と、既存設計を受注後に製造する形態(Make-to-Order)を、データが案件ごとに一品一様となる点に着目し、あわせて「受注生産型・個産型」と総称する。
- 2IBM「IBM GLOBAL AI ADOPTION INDEX – ENTERPRISE REPORT」(2023年11月調査)。同資料では、グローバル大企業におけるAI導入・探索の状況および業界別の導入状況が示されている。本稿では、AI導入の進展には業界差があるという趣旨に限って参照した。
- 3AI導入の前提条件(データ・環境・組織)の整いやすさを生産形態の観点から相対評価したものであり、各業界のAI活用の巧拙を論じるものではないことを留意されたい。
- 4Engineering(設計)、Procurement(調達)、Construction(建設)のの頭文字をとった言葉で、一般的にはプラントなどの建設を一貫して受注するビジネスを指す。
- 5 AI活用の前提条件に関する既存の整理として、主に以下の資料を参照した。
DAMA International, 『データマネジメント知識体系ガイド 第二版』(DAMA日本支部、Metafindコンサルティング株式会社監訳), 日経BP社, 2018.
National Institute of Standards and Technology, Artificial Intelligence Risk Management Framework (AI RMF 1.0), NIST AI 100-1, 2023.
Wang, R. Y., & Strong, D. M., "Beyond Accuracy: What Data Quality Means to Data Consumers", Journal of Management Information Systems, 12(4), 5–33. 1996
Wilkinson, M. D. et al., "The FAIR Guiding Principles for Scientific Data Management and Stewardship," Scientific Data, 3:160018, 2016 - 6単一の真実源(Single Source of Truth)とは、データの管理方針のことで、正しいデータや情報が得られる参照元を一つに定め、そこから参照する仕組み。組織内で常に同じ内容を共有できる状態を保つことを目指す考え方。
- 7防衛的回帰(defensive reversion):新たなツールやシステムを導入しても、責任の所在が不明確なために、現場が使い慣れた従来の手段(メール、スプレッドシート、紙、ローカル保存など)へ後戻りする現象。AIやシステムの出力に誤りがあった場合に「誰が責任を負うのか」が定まっていないと、現場の担当者は自衛のために手作業での再確認や従来手順を続け、結果として新システムが定着しない。
- 8「生産性パラドックス(ソローのパラドックス)」は、IT投資の拡大に対しマクロの生産性統計が伸び悩んだ現象を指す。本稿はこれを、プロセスや組織の変革を伴わないIT・AI投資が期待された効果を生まないという含意において「IT生産性パラドックス」として援用している。Brynjolfssonらは、IT投資が生産性向上に結びつくのは、業務プロセスの再設計や組織・人材への投資といった補完的な変革と組み合わさった場合に限られることを実証的に示しており、本稿の主張とも軌を一にする。
Brynjolfsson, E. and Hitt, L. M. (2000), “Beyond Computation: Information Technology, Organizational Transformation and Business Performance,” Journal of Economic Perspectives, 14(4), pp. 23–48.
プロフィール
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金 道永のポートレート 金 道永
エネルギー産業コンサルティング部
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小林 直弘のポートレート 小林 直弘
エネルギー産業コンサルティング部
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又木 毅正のポートレート 又木 毅正
エネルギー産業コンサルティング部
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友野 つぼみのポートレート 友野 つぼみ
エネルギー産業コンサルティング部
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新村 勇成のポートレート 新村 勇成
エネルギー産業コンサルティング部
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谷口 麻由子のポートレート 谷口 麻由子
コンサルティング事業開発部
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