鉄鋼・化学・紙パルプ・セメント等は、あらゆる産業の基盤となる素材産業であるが、国内におけるCO2排出量の多くを占めているとともに、HtA産業(排出削減が困難な産業)の一部である。また、これら4業種におけるGXは、主に燃料転換と製造プロセス転換が推進されているが、技術的および資金的な制約から、企業単独での投資は困難である。したがって、政府等による公的資金の活用が効果的であるが、単なる初期コスト削減で終わるのではなく、これを起点にした、企業の自走や産業競争力の強化、国際認証の取得や規格づくりへの関与、サプライチェーンにおける価格転嫁の仕組みづくり等の取組により、本質的な変革を目指すことが重要である。
1)はじめに
鉄鋼・化学・紙パルプ・セメント等(窯業・セメント)は、世の中にある様々な製品(自動車や精密機器、消費財等)の材料を生産する、いわゆる「素材産業」であり、日本のモノづくりを支える重要な基幹産業である。
これらについて、経済産業省は「多排出製造業4業種(以下、「4業種」という。)」と定義しており1、日本国内における製造業起因のCO2排出量のうち、約7割を4業種が占めている(図表1)。加えて、4業種は、排出削減するために必要な技術が未成熟であり、設備投資も含めて莫大なコストがかかるため、排出削減が困難(=Hard-to-Abate)であるといわれる。以上を踏まえ、本稿では、排出削減が困難な産業(以下、「HtA産業」という。)の中でも、特に排出量が多い製造業である4業種に関して、グリーントランスフォーメーション(以下、「GX2」という。)の動向と、公的資金を起点にした本質的な変革の必要性・可能性について述べる。
図表1 製造業における業界別CO2排出量の割合

注)排出量の値は、国⽴環境研究所「⽇本の温室効果ガス排出データ2020年度確報値」によるもの
出所)経済産業省「分野別投資戦略(Ver.3)」(2025年12月26日)よりNRI作成
2)4業種におけるGXの動向
GXとは、化石エネルギー中心の産業・社会構造を、クリーンエネルギー中心の構造に転換していく、経済社会システム全体の改革への取組を指す。排出量が多い4業種においては、主に「燃料転換(自家発電設備や生産設備等に係る燃料を非化石由来のものにする転換等)」と「製造プロセス転換(原料を非化石由来のものにする転換や、製造プロセスにカーボンリサイクルを取り入れる転換等)」の二つがGXの主な類型(ソリューション)である(図表2)。
これらを進めるにあたっては、①研究開発、②実証、③商用生産(社会実装)の大きく三つのフェーズがある。各フェーズにおいては、それぞれ技術的な課題があり、巨額の資金も必要になることから、企業のみでは投資が困難である。したがって、政府等の公的資金(補助金等)による支援は、4業種のGXにおいて重要であるといえる。
図表2 4業種におけるGXの主な内容

出所)経済産業省「分野別投資戦略(Ver.3)」(2025年12月26日)、
経済産業省「排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業」の各事務局サイトにおける各公募要領よりNRI作成
3)4業種のGXにおける、各フェーズに応じた公的資金の活用例
公的資金によって4業種のGXを推進する支援には、様々なものがある。本稿では、そのなかでも特に大規模であり、前述した三つのフェーズ(①研究開発、②実証、③商用生産(社会実装))に直接寄与する代表的な二つの支援に着目する(図表3)。
一つ目は、①研究開発・②実証フェーズを支援する「グリーンイノベーション基金(以下、「GI基金」という。)」である。GI基金とは、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」に記載されている、14の重要分野におけるGXを見据えた研究開発・実証を支援する基金であり、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)に約3兆円が造成されている(2026年10月時点)。GI基金による支援内容のうち、4業種に直接関わるものとしては、「製鉄プロセスにおける水素活用」や「CO2等を用いたプラスチック原料製造技術開発」、「CO2を用いたコンクリート等製造技術開発」等があり、燃料転換や製造プロセス転換の研究開発・実証フェーズが主に支援されている。
二つ目は、③商用生産(社会実装)フェーズを支援する「排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業(以下、「HtA補助金」という。)」である。HtA補助金は、2023年12月22日に政府によって取りまとめられた「分野別投資戦略」等を踏まえた経済産業省の補助金である。4業種の燃料転換や製造プロセス転換等に伴う設備投資を補助する事業であり、2024年度からの支援開始以降、鉄鋼における大型革新電炉への製造プロセス転換や、化学におけるバイオケミカルへの製造プロセス転換、紙パルプにおける黒液ボイラー等への燃料転換等が支援されている。
4)4業種において、公的資金を起点にして実施されるべき取組
これまで述べた二つの支援(GI基金、HtA補助金)のように、公的資金を活用することで、4業種のGXに係る初期コストを大きく削減することができる。一方、公的資金の活用を、単なる初期コスト削減という短期的な取組にとどめるのではなく、中長期的な目線から、以下に挙げる四つの取組にも派生させることが必要である(図表3)。
一つ目は「民間資金による自走」である。企業は、公的資金で初期コストを賄った後、有望な事業の商用化や、その規模を拡大することを目指す。その過程において、自己資本や金融機関等からの民間資金を効果的に活用し、公的資金に頼らず中長期的に自走できる事業基盤を構築することが重要である。具体的には、公的資金を活用している段階から事業の収益化シナリオ等を精緻に描き、ESG投資家や金融機関等に対して、自社のGXに係る戦略を可視化・アピールすること等が求められる。
二つ目は「国際的な産業競争力の強化」である。素材産業である4業種がGXを進め、国際市場での優位性を高めれば、その素材を活用する産業の競争力も高まり得る。例えば、半導体の製造に不可欠な材料となる機能性化学品において、日本企業はすでに高い競争力を有している3。加えて、GXにより、機能性化学品の環境価値を高めることで、海外企業との差別化が進み、日本の半導体産業の競争力もさらに高まることが期待できる。
三つ目は「国際認証の取得や規格づくりへの関与」である。二つ目に記載した「国際的な産業競争力の強化」において、環境負荷を低減した素材(以下、「グリーン素材」という。)を製造したとしても、それが第三者からの認証が得られない場合や、独自の規格のみに整合する場合には、その環境価値が国際的に認められない。したがって、単にグリーン素材を製造するだけでなく、国際的な認証の取得や規格づくりへ積極的に関与し、国際市場において自社のグリーン素材を差別化するための戦略を立てること等が求められる。
四つ目は「サプライチェーンにおける価格転嫁の仕組みづくり」である。GXでは、燃料転換や製造プロセス転換等に伴う製造コストの増分を製品価格に転嫁し、顧客に対して、環境価値に対する追加の価格(以下、「グリーンプレミアム」という。)を受容してもらうことが不可避である。単一の素材産業の企業と単一の最終製品産業の企業間でのみグリーンプレミアムを受容し合うのではなく、サプライチェーンに存在するすべての企業間でグリーンプレミアムを受容し合う等、サプライチェーン一丸となってGXを進めていくことが重要である。この点については、経済産業省「素材産業の国際競争力強化に向けた産業政策」(2026年10月)においても、対面取引先(自社にとっての前後1~2社ずつ)のみならず、同じサプライチェーンを構成する上流側と下流側が日頃から意識的にコミュニケーションをとり、必要な価格転嫁の実施等を進めることが重要と述べられている4。そのためには、国や業界団体においては、「グリーン素材の価値を共通で理解するためのルール(CO2排出削減貢献量ルール等)を整備すること」、「グリーン素材を誰がどこで活用しているかが確認できる仕組み(トレーサビリティシステム)を開発すること」、そして「グリーンプレミアムに係る業界横断的なガイドラインを策定すること」等といった取組が求められる。
図表3 4業種のGXにおける主要な公的資金、およびそれに派生して実施されるべき取組

出所)NRI作成
5)おわりに
HtA産業のうち、4業種におけるGXは近年注目を集めており、GI基金やHtA補助金に代表される多額の公的資金が投じられる等、国も注力している。この機運を活かして、関連する素材産業および最終製品産業の企業は、公的資金の活用を起点にして、「民間資金による自走」、「国際的な産業競争力の強化」、「国際認証の取得や規格づくりへの関与」という、中長期的な取組につなげていくべきである。さらに、これらの取組を支える環境整備として、国や業界団体が「サプライチェーンにおける価格転嫁の仕組みづくり」を進める必要がある。これらを同時並行かつ多面的に進めることで、これまで抜本的な排出削減が困難であった4業種の業界変革が巻き起こることを期待する。
- 1経済産業省「分野別投資戦略(Ver.3)」(2025年12月26日)
- 2野村総合研究所「用語解説『GX(グリーントランスフォーメーション)』」
- 3経済産業省「『トランジションファイナンス』に関する化学分野における技術ロードマップ」(2025年12月)
- 4経済産業省「素材産業の国際競争力強化に向けた産業政策」(2026年10月)
プロフィール
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飯村 舜のポートレート 飯村 舜
社会システムコンサルティング二部
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