&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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はじめに

少子高齢化の進展、人口減少による国内市場の縮小を背景に、製造業を中心とした企業が事業成長の機会を求め、グローバル展開・拡大を進めています。これに伴い事業や地域の多角化によるビジネスの複雑化や、グループ会社の増加による管理の煩雑化が顕著となり、グループ経営の難易度が一層高まっています。
同時に、高度化するサイバーリスクへの対応やデータの取得・活用に関する各国の法規制対応、グループ全体のIT戦略の整合やIT資産の効率化などグループITマネジメントの難易度も高まっています。

本ブログでは、グループITマネジメントを本社IT組織がリードする上で持つべき機能について、具体的な事例を交えて解説します。

グループIT運営の現状と課題

グループIT運営では、全社および地域単位のガバナンスやシナジー創出を目的とした「グループ最適」と、事業単位での効果創出を目的とした「事業最適」をバランスよく実現することが重要です。NRIがこれまで実施した複数企業における事例研究やコンサルティングの経験に基づくと、日本企業のグループIT運営において、グループ最適と事業最適のバランスを取る上で、主に以下の3つの課題を抱えているケースが多いと考えられます。

課題①

本社とグループ会社間で、IT運営状況や課題、IT/DX戦略の共有が不十分であり、グループ最適と事業最適の方針に関する共通認識が形成されないまま、グループ全体で整合性の取れないIT投資が行われている。

課題➁

標準システムのグループ会社への適用や機能拡充を担う体制が不十分、または標準システム適用に関するグループ会社へのガバナンスルールが不明確であるため、グループ全体で類似のITシステムやサービスが乱立している。その結果、事業やグループをまたぐデータの標準化・活用が進まず、IT運営コストの高止まりやITスキルの分散といった問題が生じている。

課題➂

事業やグループ会社の要望に対して、本社IT組織が迅速かつ柔軟にシステム化などの対応を行えず、事業やグループ会社側の限られたIT体制に任せてしまうケースがある。その結果、事業やグループ会社のデジタル変革が遅れ、期待していた生産性向上の効果が出ない、製品・サービス投入の遅れなどの影響が出ている。

これらの課題に対して、本社IT組織がグループ全体をリードするために必要な機能が3つあります(図1)。
1つ目は、グループIT戦略と事業・グループ会社のIT中期計画、投資計画、人材計画を整合させるとともに、グループIT運営全般のガバナンスを担う「グループIT戦略・ガバナンス機能」です。

2つ目は、グループ標準ITの企画、標準システムの構築・展開、標準アーキテクチャの統制などを担う「グループ標準IT推進機能」です。

3つ目は、事業部門のニーズや課題をもとに事業ITの企画、導入・活用を推進する「BRM(Business Relation Management:ビジネスリレーションシップマネジメント)機能」です。

図1:本社 IT組織に必要な機能

これら3つの機能の役割について、事例を交えて解説します。

1)グループIT戦略・ガバナンス機能の役割

グループIT戦略・ガバナンス機能は以下の役割を担い、グループIT戦略の推進やIT人材の獲得・育成など、グループを横断したIT活用・運営に貢献します(図2)。

  • 経営や事業の戦略と整合したグループ全体のIT戦略の策定
  • IT戦略推進に向けたグループのIT中期計画、予算の立案と進捗管理
  • グループ全体の主要なIT案件の投資審議や状況把握、ITリソース配分の決定
  • グループのIT人材の要員計画立案、計画達成に向けた確保・教育・配置などの企画・実行
  • 記活動のためのガバナンスルールの整備、グループへの展開とガバナンス運営

図2:グループIT戦略・ガバナンス機能とは

事例1:グループ最適と事業最適のバランスがとれたグループIT運営を横断的な組織設置によって実現するA社

北米に本社を置く製造業A社では、本社IT組織内に、バックオフィス向けITのグループ標準化を担う「グループIT部門」と事業部門向けのIT企画やシステム利用促進・教育を担当する「ビジネスIT部門」を設置しています。さらに、これら2部門を横断的にマネジメントするガバナンスコントロールチームをGlobal CIOの直下に設置しています。

ガバナンスコントロールチームは、以下のような幅広い役割を担っています。

  • グループIT部門とビジネスIT部門が立案するIT戦略を統合し、グループ全体の投資計画を策定すること
  • グループの重要プロジェクトをモニタリングし、状況に応じて投資の優先度を見直すこと
  • グループ全体のIT人材リソースを管理し、最適に配置すること
  • 技術・ノウハウをグループで共有し、リテラシーの底上げをすること
  • グループIT全体のヒト・モノ・カネに関するガバナンスルールを整備し、運用すること

グループIT部門がグループ最適観点で求心力を発揮し、ビジネスIT部門が事業最適観点で遠心力を発揮する中、ガバナンスコントロールチームはGlobal CIOの右腕としてトップマネジメントの指示の下、両部門のバランスを保ちながら、全体の方針を示し、ルールの整備・運営を担っています。この仕組みにより、両利きのIT運営の推進に大きく貢献しています。

2)グループ標準IT推進機能の役割

グループ標準IT推進機能は、以下の役割を担い類似業務やシステムや技術の標準化を推進し、業務・システムの最適化・効率化、ITコスト削減、エンジニア確保などを実現します(図3)。

  • グループ標準システムの企画
    -グループ全体でのアプリケーションやインフラの標準化対象の特定、目的・サービス提供スキームなどの方針策定
    -方針に基づくグループ各社とコミュニケーション、導入・展開の対象会社、スケジュールなどの計画立案
  • グループ標準システムの構築・展開
    -システム構築、グループ各社への展開時におけるプロジェクトマネジメント、外部ベンダーの調達・管理
  • グループ標準サービス管理
    -グループ向けに構築・展開した標準システムの運用・保守、サポートデスクのサービス提供
    -サービスの体制確保、品質管理や利用料の徴収・支払いなどのオペレーション
  • グループ標準アーキテクチャの管理
    -構築したグループ標準システムをカタログ管理
    -グループ会社における標準/固有システムの導入状況の把握
    -グループ会社に対する標準システム適用の促進

図3:グループ標準IT推進機能とは

事例2:インドのオフショアサイトを活用し、グループを跨ぐ標準化・活用を推進するB社

カナダに本社を置く製薬会社B社は、グループ全体のエンタープライズ・アーキテクチャを策定し、それに基づいてアプリケーションやインフラの標準システムを構築し、グループに提供する機能を本社のIT組織に集約しています。また、コストの最適化と人材確保を目的にインドにオフショアサイトを設け、本社とインド拠点のIT組織が連携し、役割を分担しながらグループに標準システムを提供しています。

標準システムの企画は、グループ会社のニーズを考慮した上で、標準化が可能な領域の検討、採用するシステムや技術の選定、必要コストの見積もりなどを本社IT組織が主導し、ビジネス部門のレビューを経て意思決定されます。

構築・展開においては、社内コンサルタント機能を担う本社IT組織と、エンジニアリングを担うインドIT組織が連携します。なお、SAPなど特定のシステムについては、構築・展開・運用・サービスデスクを集中的に担当するCoE(Center of Excellence)チームをインドに設置し、グループ全体をカバーできる人材を確保しています。

これらの取り組みを通じて、本社およびインドのIT組織は、業務プロセスとシステムをグループ全体で統一し、経営の見える化や業務プロセス改革に、コストを最小限に抑えながら取り組んでいます。

3)BRM機能(ビジネス支援)の役割

BRM機能は、ビジネス部門とIT部門に対して以下の役割を担い、ビジネスとITの連携強化やビジネスにおけるIT活用促進に貢献します。なお、BRM機能を担うためにはビジネスの深い理解とコミュニケーションが重要であり、ビジネス部門に対応する形でチーム編成することが一般的です(図4)。

<ビジネス部門に対する役割>

  • 業務・システムの課題やニーズの発掘
  • ビジネス企画、業務改革へのIT活用の提案、システム化構想立案
  • IT部門のリソースも活用したシステム導入プロジェクトのリード
  • ユーザに対する既存システムの利用促進やリテラシー向上の教育

<IT部門に対する役割>

  • 事業側のシステム化に対する全社IT戦略との整合性の担保、グループ標準アーキテクチャの適用判断のためのIT部門内の連携
  • ビジネス部門が利用するシステムの改善要望の連携や満足度のフィードバック

図4:BRM機能とは

事例3:本社IT組織へのBRM設置による、ビジネス部門への迅速かつ柔軟なシステム化対応を行うC社

北米に本社を置く製造業C社は、IT部門内に研究開発、製造、調達、販売・マーケティングなど、ビジネス部門ごとに対応するBRM担当を設置しています。なお、販売・マーケティング領域は地域・国ごとの独自性が強いため、BRMもグローバル地域ごとにチームを編成しています。

C社のBRM担当は、業務とシステムの両方の視点を持ち、業務改革などの企画初期から関与し、事業戦略に基づいたIT活用を企画・提案し、IT導入を円滑に進める役割を果たしています。また、ITの企画・導入にとどまらず、ビジネス部門責任者に対し、ITの事業貢献に関する説明責任を果たすべく、IT投資の創出効果を管理・可視化する役割も担っています。

なお、コンサルティング会社やITベンダーへの外部依存度が高かったC社は、約10年前から内製化へシフトし、有名大学の近隣に拠点を設け、多くの優秀な学生の獲得、育成に取り組んでいます。ビジネス理解が重要となるBRM担当では、現場を学びながら育成された内製人材が、ビジネス部門からの信頼を獲得し、良好な関係を築いています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は、グループITマネジメントをテーマに、本社IT組織が持つべき「グループIT戦略・ガバナンス機能」「グループ標準IT推進機能」「BRM機能」の3つの機能について取り上げました。

グループ全体で安全・安心かつ効果的にITを活用するためには、グループITマネジメントは重要な活動となります。ぜひ、これら3つの機能を意識した組織作り、役割分担、ルール整備などの強化策に取り組んでいただければと思います。

なお、これらの機能を強化するためには、グループIT戦略の内容、グループITマネジメントの成熟度、これらの機能を担う人材の有無などに応じて、取り組みの優先順位や組織作りの方針を適切に調整する必要があります。NRIは、グループITマネジメントの成熟度診断、課題整理から強化方針の策定、実際の強化伴走支援まで一貫した豊富な経験を有していますので、ぜひお声がけいただければ幸いです。

プロフィール

  • 佐竹 真悟のポートレート

    佐竹 真悟

    システムコンサルティング事業本部
    ITマネジメントコンサルティング部

    2008年に野村総合研究所に入社。公共系の業務改革・プロジェクトマネジメント支援業務に従事。
    2016年に日系製造業のAPAC地域統括法人へ出向し、APACのIT戦略策定、SAP導入プロジェクトマネジメントを経験。
    現在は、幅広い業界を対象にITマネジメントコンサルティング業務に従事。
    専門分野は、DX戦略立案・推進支援、グローバルITマネジメント改革。

  • 櫻井 翔太朗のポートレート

    櫻井 翔太朗

    システムコンサルティング事業本部
    ITマネジメントコンサルティング部

    2012年にSIerにて製造業向けのICT基盤における設計・開発、PM業務を経験。
    2019年に外資系IT会社にてデジタルを活用した業務改革、システム化構想を経験。
    2022年に野村総合研究所入社以降、幅広い業界を対象にITマネジメントコンサルティング業務に従事。
    専門分野は、グローバルITマネジメントの戦略立案・実行支援、IT組織改革。

  • 紀ノ岡 真理のポートレート

    紀ノ岡 真理

    システムコンサルティング事業本部
    ITマネジメントコンサルティング部

    2018年に野村総合研究所に入社。以降、幅広い業界を対象にITマネジメントコンサルティング業務に従事。
    専門分野は、グローバルITマネジメントの戦略立案・実行支援、IT・デジタル人材育成、およびタレントマネジメント。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。