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2025年の崖が話題となって以降、投資余力のあるグローバル企業を中心に、SAP ECC6.0からSAP S/4HANAへの刷新は一巡しました。一般に、同製品への切り替えが最もスムーズと考えられますが、S/4HANA含め基幹システム刷新は多額の投資を要します。そのため、投資余力に制約のある企業ではS/4HANAへの移行か、他システムへの移行か、その判断に時間を要し、現行のECC6.0が残存しているケースも見受けられます。
保守期限が延長されたとはいえ、移行には2年程度かかるため、残された時間は多くありません。本記事では、判断に迷っている方々に向けて、移行先決定のための「3つの判断ポイント」と、他システム移行時の成功の鍵について、事例を交えて解説します。

1.SAP ECC6.0移行における「3つの重要な判断ポイント」

移行の選択肢には、「S/4HANAへの移行」「他システムへの移行」「ECC6.0の継続利用(サードパーティー保守)」の3つがあります。しかし、ECC6.0の継続利用の場合はSAPから修正プログラムが提供されなくなり、セキュリティ・法対応上のリスクが高まるため、優先的に選ばれる選択肢ではないと考えます。したがって、本記事では前者の2択をどう判断するかに焦点を当てます。

(1)SAP ECC6.0の移行方針を判断するためのポイント

NRIでは、多くの移行支援を通じて、以下の3点が重要な判断基準であると考えています。

  1. システム利用のスコープ(対象業務の広さと利用拠点)
    「対象業務の広さ」と「グローバル拠点での利用有無」で判断します。国内のみの利用であれば、幅広い業務で日本の商習慣に合った国産パッケージが有力な選択肢となります。一方、グローバル拠点にて幅広い業務でERPを利用する場合は、S/4HANAやOracleなどのグローバル統合パッケージに限られます。ただし、会計のみなど領域が限定的であれば、他のグローバル製品でも対応可能です。実際に、海外拠点でSAPを利用しない企業がSAPから他製品へ移行するケースが増えています。
  2. IT投資額の妥当性(売上高との比較)
    S/4HANAは高機能ですがコストも高額な見積もりとなるケースが多くなります。IT投資をする際に自社の売上規模に対してIT投資額が業界水準と照らして適正か、投資額の妥当性の観点から判断する考え方があります。
    • IT投資によっては売上増に直結する等から、売上高に対するIT投資平均を上回る投資を行う(≒事業改革投資)ケースも昨今増えていますが、ERPはSoR領域(事業基盤としての投資)であるため上記考え方が馴染む傾向にあります。
    NRIの「IT活用実態調査(2025年)」によれば、例えば流通業の売上高に対するIT予算比率は約1.3%です。売上1,000億円の企業なら、年間のIT予算は13億円程度が目安となります。移行期間を2年とするとIT予算の総額は26億円となりますが、IT費用の支出割合平均(下図参照)よりその内訳を算出すると、新規開発費は7.3億円、保守費は年間9.4億円程度となります。この金額が業界標準的なシステム投資の目安と言えます。
    新規開発費でも保守費でも、S/4HANAにかかる費用見積に、その他システムの費用を加味した金額がこの目安を大きく上回る場合、投資額妥当性の観点から他システムへの移行を検討すべきです。

  1. 他システム移行の難易度(アドオンと体制)
    他システムへの移行は、S/4HANAへの移行に比べて難易度が上がります。このため「移行必須のアドオンのボリューム」と「新業務をデザインできる人材の有無」を見極める必要があります。
    多くの企業では、SAPに独自のアドオンを継ぎ足して利用しています。他システムへ移行する場合、これらを再現するか、捨てて標準に合わせるかの判断を迫られます。現場は現行の使い勝手を求めるため、安易に標準に合わせる方向で進めると反発を招きます。
    これを防ぐには、新システムを前提としつつ現実的に運用可能なプロセスをデザインする必要があります。しかし、そうした業務変革をリードできる人材やベンダーの確保は年々難しくなっています。この「難易度の高さ」に対応できない場合、S/4HANAのブラウンフィールド移行(既存機能をそのまま移行)を選択し、業務影響を抑えるケースが見られます。

(2)総合的な判断の考え方

これまで説明した3つの判断ポイントを総合的に評価し、他システムへの移行を検討すべきかを判断します。具体的には、以下の3つの条件を満たす場合に、他システムへの移行が有力な選択肢となります。

  • システムの利用スコープが限定的である(利用拠点が国内のみ、または特定の業務領域のみ)
  • 他システム移行をすればIT投資額が業界平均と比較して妥当な範囲に収まる
  • 他システム移行の難易度が許容範囲内である(アドオンボリュームがそこまで多くなく、業務デザイン人材の確保が可能)
  • 3つ全て満たさずとも他システムを検討するケースもあり

2.他システム移行の進め方

S/4HANAへの移行と比較し、他システム移行はどの製品を選ぶか等検討事項が多岐に渡ります。どのようなシステム構成にし、どのパッケージやSaaSを導入するか検討をするにあたって、特に重要な2つの工程について説明します。

(1)現行システムの可視化

多くの企業では、標準機能にはない業務要件を満たすため、SAPに独自のアドオンを追加・改修し続けています。しかし、長年の運用や担当者の交代により、その内容がブラックボックス化しているケースが少なくありません。
後段で言及するシステム構成を検討する前段階として、この「現行システムの可視化」が不可欠です。どの領域に、どの程度の複雑さ・ボリュームのアドオンがあるかを整理できるとそれに見合ったシステム構成と製品を考えられるようになります。(下図が事前紐解きを行った上でそれに合致した構成・製品選定をするイメージ)
システム刷新のよくある失敗例として、こうした複雑な現行機能の紐解きを行わず、新しく実現したいToBe要求にのみ着目して製品導入を進め、大きなトラブルにつながることがあります。構築フェーズになって初めて「業務に必須な機能が新システムで実現できない」ことが発覚し、追加費用の発生やスケジュールの遅延、最悪の場合はプロジェクト自体が頓挫するリスクがあります。
可視化は、古い設計書の解読や保守ベンダーへのヒアリングを通じて、ブラックボックスを紐解く地道で困難な作業です。設計書が最新化されていない場合は、ソースコード解析やAIツールを活用した、リドキュメントも有効な選択肢です。

(2)システム構成の決定(統合型か、分散型か)

システム構成には、SAPのような広いカバー範囲の製品で纏める統合型システムと、複数の製品を組み合わせる分散型のシステムの2つの選択肢があります。下図は、両者のシステム構成イメージと、4つの評価軸(業務実現性、構築難易度・運用負荷、コスト、ベンダーロックインリスク)での比較評価(直近の事例に基づく)を示したものです。自社の刷新方針や現行システムの可視化結果に照らして、どちらが適しているかを判断します。

  1. 業務実現性:分散型が優位
    分散型の場合、各業務領域に特化した専用製品(Best of Breed)を選べるため、業務への適合度が高くなります。近年の特化型SaaS等は標準機能が充実しており、従来アドオン開発が必要だった複雑な要件も標準でカバーできるケースが増えています。一方、統合型ですべての領域の業務要件を高く満たすのは困難です。
  2. 構築難易度・運用負荷:統合型が優位
    統合型は1ベンダーで完結し、システム間のデータ連携も最小限で済むため、構築・運用が容易です。一方、分散型はマルチベンダー管理や領域間の整合性担保が必要となり、ユーザー企業のマネジメント力が問われます(ただし、統括ベンダーの設置、全体を統括するPgMOの設置、外部活用によるマネジメント強化は可能です)。
  3. コスト:分散型が優位
    分散型はSaaS活用で初期投資を抑えられ、領域ごとで求める要求レベルに応じて製品のグレードに濃淡つけることで総額を適正化しやすいメリットがあります。対してS/4HANA等の統合型は、広範囲に導入する場合、ライセンス費用や構築費が高額になりがちです。
  4. ベンダーロックインリスク:分散型が優位
    分散型はベンダーが分散されるため、1つのベンダーへの依存度が高まることを避けられます。一方、統合型は事業の根幹を支える基幹システム全般が1ベンダーに依存するため、将来的な製品の価格改定や保守方針の影響を全面的に受けやすくなります。

総合的な判断

統合型は「構築・運用は楽だが、コスト高やベンダーロックインリスクがあり、業務への柔軟性が低い」、分散型は「構築・運用の難易度と手間は増えるが、コスト適正化やベンダーロックイン回避が可能で、業務適合性も高い」という特徴があります。ユーザー企業の体制や優先すべき経営課題に合わせてシステム構成を選択することが重要です。

3.他社事例

SAP ECC6.0の刷新事例を2つご紹介します。
最初に紹介する企業は、売上1,000億円規模のサービス業です。国内拠点の会計・人事給与領域でSAP ECC6.0を利用していましたが、周辺のスクラッチシステムとSAPのアドオンが複雑に絡み合い、ブラックボックス化が進んでいる状態でした(下図「刷新前」)。

  1. SAP移行の判断ポイントでの評価
    本事例を冒頭の判断ポイントに照らすと、「①システム利用のスコープ」が国内に限られていたこと、「②IT投資額の妥当性」の観点でS/4HANAの見積もりが割高であったことが、他システム移行への動機となりました。
  2. 現行システムの可視化
    前述の通り、システム構成を検討する前段階として、複雑化した現状の可視化は重要です。100冊以上に及ぶ設計書の読み解きや、保守ベンダーへのヒアリングを通じて、SAP内の「大量のアドオン」と「周辺スクラッチシステム」の処理ロジックを一つひとつ紐解きました。これにより、業務に必須な「自社独自機能」と、標準的な業務で対応可能な機能を明確に切り分けました。現状可視化を通じて、自社独自の複雑な機能をパッケージ製品外の「簡易な開発プラットフォーム」で実現するという解を見出したことで、懸念であった他システム移行の難易度やリスクを小さくすることができました。
  3. システム構成の決定(分散型への移行)
    可視化の結果に基づき、新システムはSAP S/4HANAへの単純移行ではなく、複数の最適なソリューションを組み合わせる「分散型」を採用しました。(下図「刷新後」)
    • 標準領域(会計・人事給与):独自性の低い業務領域には、SAP以外の安価な汎用的な国産パッケージ(PKG)を採用し、コストを抑制しました。また、タレントマネジメントにはSaaSの特化ソリューションを導入しています。
    • 独自領域(競争力の源泉):従来SAPのアドオンやスクラッチで実装していた、自社独自の複雑な業務ロジックは、柔軟な変更が可能な「開発プラットフォーム(ローコード開発ツール等)」や「個別ソリューション(入金消込SaaS等)」へ移行・再構築しました。
    • データ連携:分散したシステムをつなぐために「データ連携基盤」を導入し、各システム間の整合性を担保しています。

他社事例②

2つ目の事例は、売上高3,000億円規模のグローバルエンジニアリング企業です。

  1. 刷新前の課題
    国内拠点では会計・販売管理領域でSAP ECC6.0を利用していましたが、海外拠点では各国のローカルパッケージ製品を個別に利用していました(下図「刷新前」)。そのため、グローバル全体での数値把握にタイムラグが生じ、ガバナンスが効きにくいという課題を抱えていました。
  2. SAP移行の判断ポイントでの評価
    本事例を冒頭の判断ポイントに照らすと、以下のようになります。
    • システム利用のスコープ:複数拠点にまたがる広範なスコープですが、領域を「会計」と「販売」に分解して検討しました。
    • IT投資額の妥当性:全拠点・全領域にS/4HANAを導入(フルラインナップ導入)する場合、ライセンス費や導入費がIT投資予算を大きく超過することが判明しました。
    • 他システム移行の難易度:販売管理領域の複雑なアドオンをS/4HANA上で再構築するのは極めて難易度が高いと判断しました。
    総合的な判断として、「会計領域のみS/4HANAへ移行(投資を集中)」し、「販売管理は各国の安価で使いやすいパッケージを利用(コスト抑制・業務適合)」するという、現実的な解を選択しました。
  3. システム構成の決定(ハイブリッド構成)
    グローバルでの統制強化とコスト適正化のバランスを検討した結果、新システムはすべての領域を一つのシステムで統一するのではなく、業務の特性に応じて製品を使い分ける「ハイブリッド型(2層構造)」を採用しました(下図「刷新後」参照)。
    • 会計領域(S/4HANAへ統一):「経営管理・ガバナンス」が最優先される会計領域については、海外拠点も含めてSAP ECC6.0からS/4HANAへ移行することで、グローバル統一の会計基盤(デジタルコア)を構築しました。
    • 販売管理領域(適材適所のPKG):一方で、各国の商習慣への対応が求められる販売管理領域については、S/4HANAの標準機能に合わせる難易度が高いため、切り離しを行いました。日本国内は日本の商習慣に強い「国産パッケージ」へ刷新し、海外拠点は既存の「ローカルパッケージ」を継続利用する方針としました。
    • 連携:国内外の販売管理システムから、S/4HANA(会計)へ仕訳データを連携するインターフェースを整備し、統合管理を実現しています。

4.おわりに

本記事では、SAP ECC6.0からの移行における「3つの判断ポイント」と、他システム移行時の要諦である「現行システムの可視化」や「システム構成の決定」について、事例を交えて解説しました。
S/4HANAへの移行か、他システムへの移行か。正解は企業ごとに異なりますが、ブラックボックス化した現状のアドオンを紐解き、コストと業務適合性のバランスを冷静に見極めることで、納得感のある刷新方針は必ず見出せます。期限が迫る中での決断は容易ではありませんが、本記事が皆様の検討の一助となれば幸いです。
NRIでは、構想策定から実行まで、特定の製品にとらわれず多様な選択肢の中からお客様に最適な解を導き出すご支援を行っています。基幹システムの刷新にお悩みの際は、ぜひご相談ください。

プロフィール

  • 渡邉 裕和のポートレート

    渡邉 裕和

    ITトランスフォーメーションコンサルティング部

    日系コンサルティングファームでのSAP導入経験を経て、2016年に野村総合研究所に入社。
    バックオフィス領域を中心に基幹システムのシステム化構想、導入におけるコンサルティング業務に従事。
    専門分野は基幹システム・レガシー刷新に関するシステム化構想・計画策定、ベンダー調達、PKG導入、プロジェクトマネジメント。

  • 市川 雄太のポートレート

    市川 雄太

    ITトランスフォーメーションコンサルティング部

    2021年野村総合研究所入社。
    人事・会計領域を中心に、基幹システム刷新プロジェクトにおいてシステム化構想・計画策定、ベンダー選定、PMO支援に従事。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。