デジタル社会における発達障害人材のさらなる活躍機会とその経済的インパクト
発達障害は、自閉症スペクトラム(ASD)、注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害等に代表され、身体的兆候が少ないことから「見えない障害」と言われています。日本において発達障害として診断を受ける方は年々増加しており、彼らの活躍機会を用意できないことによる経済損失が広がる可能性があります。日本における発達障害人材についての調査を行った野村総合研究所(NRI)のメンバーに、その現状と活躍の可能性について聞きました。
- 本記事では「障がい」という表記を採用せず、法令の表記に従って「障害」で統一した
海外大手企業では発達障害人材がスペシャリストとして活躍
海外の大手企業では、発達障害人材の職務適性に着目して高度IT専門職としての採用・育成が積極的に進められています。例えばIT業界の大手であるSAP、ヒューレット・パッカード エンタープライズ(HPE)、マイクロソフト、IBMはいずれも自閉症雇用プログラムを立ち上げており、ソフトウェアエンジニア職などの高度IT人材として自閉症人材の登用を進めています。
また、これら大手企業による発達障害人材の雇用をサポートする「スペシャリステルネ」という企業も存在します。同社は、自閉症人材をソフトウェアが正常に動くかを確認するテスターとして採用するほか、採用のために独自開発した自閉症雇用プログラムを多くの企業に提供しています。
SAPには独自の自閉症雇用プログラムがあり、このプログラムを通じて採用した人材が革新的アプリケーションを開発し、SAPの創業者賞を受賞しました。採用からわずか4年のことでした。開発者が自閉症プログラムによって採用された人材であることが受賞後に社内に知れ渡り、社内における自閉症を持つ人材への理解が促進されています。受賞と同様に、発達障害人材が活躍する機会を、雇用プログラムという形で創出していたことに大きな価値があった事例と言えます。
自閉症の人材の雇用はIT業界に留まりません。例えば米国の金融コングロマリットJPモルガン・チェース・アンド・カンパニーは、自閉症の人材をビジネス分析やパーソナルバンカーとしても採用しています。また、ザ・ゴールドマン・サックス・グループ・インクやフォード・モーター・カンパニー、キャタピラー、デル(Dell)といった企業は、発達障害人材の採用にあたって、本採用の前にインターンシップやパイロット雇用を行っています。
発達障害人材へのサポート不足による日本の経済損失推計額は約2.3兆円
潜在者を含めるとさらに2.5倍の経済損失が存在する可能性も
NRIでは、発達障害としてASDおよびADHDとして診断を受けた方を対象に調査
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を実施しました。
NRIの推計では、発達障害に関する日本の経済損失は約2.3兆円にのぼり、ASDが1.3兆円、ADHDが1.0兆円という内訳となりました。この場合の経済損失とは、医療費、社会サービス費といった直接費用と、低収入による損失や非就業損失などの間接費用(労働関連経済損失)の合計です。
職場に発達障害に関するサポート制度があるかという質問に対し、「サポート制度がある」との回答は全体のわずか7%、「十分ではないがある」という回答は21%であり、合計で30%を下回る結果となりました。
また、「サポート制度はないが、上司や同僚などからサポートを受けている」という回答が23%、「サポート制度はなく、上司や同僚などからサポートも受けていない」との回答が34%でした。
生産性については、「サポート制度がある」場合は一般平均に対して117%と平均より高くなっているのに対し、「サポート制度はなく、上司や同僚などからサポートも受けていない」場合は、一般平均の83%と生産性が低くなっていることが判明しました。
さらに、発達障害の診断のある方の半数以上が無理解や偏見などを理由に、自身が発達障害であることを伝えることに抵抗を感じていることもわかりました。本調査において、ADHDの診断がある方の約2.5倍のADHD潜在者がいる可能性も明らかになっており、今回の推計額は発達障害に関する経済損失の一部である可能性も浮かび上がりました。
日本でも発達障害人材の活躍機会を開拓する先進的な事例が
日本においても、これまでの障害者雇用の枠組みに捕らわれず、発達障害人材の活躍機会を開拓している企業があります。
さまざまなITツールの品質テストなどを行うデジタルハーツは、ひきこもり経験者の方を積極的に採用し、IT領域のスペシャリストであるゲームデバッガー
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やエシカル・ハッカー
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として活躍の機会を創出しています。
同社がマイクロソフトからXbox360のデバッグを受注した際に、その品質の高さが非常に注目されました。その後、マイクロソフトのエンジニアとの間で、バグ発見の対決が行われ、その結果、デジタルハーツ側が勝利。驚愕したビルゲイツがデジタルハーツのスタッフをマイクロソフト本社に招待する、という出来事もあったそうです。
また、日本にもスペシャリステルネのように、企業による発達障害人材の雇用をサポートする企業もあります。パーソルチャレンジは、発達障害のある方を先端IT人材として育成するIT特化型就労移行支援「Neuro Dive」を展開、独自のツールにより個人の強みを把握し、各人にあった方法でIT人材を育成・企業へ輩出しています。
発達障害人材活躍のために日本にはどんな変化が必要なのか
少子高齢化、産業構造の変化により産業人材の確保は急務です。その課題の解決を図る可能性の一つが発達障害人材のさらなる活躍です。そのためには、障害者雇用の枠組みで培った合理的配慮のノウハウを一般雇用部門にも展開することで、発達障害人材など一般雇用部門に属する人材の活躍機会を拡大することが求められます。
また、一般雇用の枠組みにおいて万能を求めることなく、個人の才能を最大限に発揮できる特定の職域で活躍ができる機会を設定することも重要です。スペシャリスト、高度スペシャリストとしての職域を拡大していくには、組織には発達障害人材を含め多様な人材がいることを前提とし、個々への能力開発や合理的配慮を「ありふれたマネジメントスキル」として捉えていく必要があります。そのためには、個人の才能の発揮は本人の資質や努力に加えて、周囲の環境が大きく影響するといった理解のもと、人材マネジメントの形を変えていく必要があると言えます。
- 1 調査実施期間は2021年2月24日から26日の3日間。学生を除く18歳から65歳の男女約11万人を対象にまずスクリーニング調査を実施し、ASD診断あり(333人)、ADHD診断あり(335人)と自発的に回答してくれた人を対象に詳細な調査を行う二段階方式を採った。
- 2 ゲームデバッガー:ゲームソフトをプレイすることによりバグを発見する職種。
- 3 エシカル・ハッカー:高い倫理観・道徳観を持ち、悪意を持つハッカーからの攻撃を防ぐ技術者。
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