&N 未来創発ラボ

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デジタル時代の「創意工夫」

経営役 システムコンサルティング事業本部 副本部長 小林 敬幸

過去10年を振り返ると、ITの分野では米国の大手デジタル・プラットフォーマー、特にGAFAMが話題の中心ではなかっただろうか。時価総額で見ても、2022年9月2日時点でGAFAMの5 社合計で約961兆円(130円/ドル換算)に達する。日本の東京証券取引所に上場するすべての銘柄の時価総額合計が732兆円(同日時点)なので、5社合計の方がはるかに上回り、株式市場での評価がいかに高いかが分かる。同時に、消費者もデジタル・プラットフォーマーの登場以降、生活スタイルが大きく変わってきた。店舗に行かずにスマートフォン上で買い物をすることや、ソーシャルメディア上で情報収集や交流を図ること、などである。

進むデジタルの社会インフラ化

ただ振り返ってみると、アマゾンジャパンが設立されてから22年、FacebookがSNSサービスを開始してから18年、アップルがiPhoneを発売してから15年が経過している。消費者にとってみれば、デジタル・プラットフォーマーは生活の一部として当たり前の存在になってきたように感じられる。当初はディスラプター(破壊者)の登場ということで、あらゆる業界がデジタル・プラットフォーマーに飲み込まれると心配していたが、最近では既存企業との間で共存共栄が進んできたのではないだろうか。別の言い方をすれば、「社会のインフラ」になってきたとも考えられる。

実際、デジタル・プラットフォーマー自体が企業向けにEC(電子商取引)ツールやクラウドサーバー、データ分析ツールなどを安価に提供し始めてもいる。また、デジタル・プラットフォーマー間の競争も激しくなり、利用する企業側にとっては安価で、選択肢も増えてきた。

このような環境認識に基づくと、多くの企業に何が求められるのだろうか。筆者は「創意工夫」が重要なキーワードになると考える。単純にEC上でモノを販売することやSNS広告を増やすこと、もしくはWeb会議ツールの導入だけでは差別化を図ることが難しい。データを基に継続的に営業戦略を見直していくプロセスや、工場・顧客接点における人とデジタルの掛け合わせも重要となるだろう。デジタルはあくまでもツールであり、顧客満足度向上や他社との差別化を狙い、試行錯誤する創造的プロセスが今あらためて重要になってきたように感じる。

デジタルツール活用で企業に求められる「創意工夫」

たとえば、カジュアル衣料品・雑貨を手掛けるアダストリアでは、全社を挙げて日々「創意工夫」に取り組んでいる好事例だ。同社は国内外に約1400店舗を展開する一方、約1410万人もの会員登録がある自社ECサイト「ドットエスティ」を運用している。同社のユニークな点は、単純に衣料品をリアル店舗とECサイトで併売しているのではなく、店舗で働く店舗スタッフを介して店舗+ECサイトのトータルで販売金額を伸ばす工夫をしている点にある。ECサイト上には店舗スタッフ個人のスタイリング画像やライフスタイルを投稿する「スタッフボード」というサイトがある。消費者はスタイリング画像などを参考に衣料品を購入するわけだが、同社ではどの店舗スタッフの投稿を経由して販売に結びついたのかを可視化し、店舗スタッフのインセンティブ設計にまで取り組んでいる。

かつてはECサイトでの販売は実店舗での売上を減らすことが懸念され、店舗とECは競合関係にあった。しかし、店舗がECサイトでの販売と紐づけされたことで、積極的にEC上での販売工夫をするようになっている。店舗スタッフが売上を伸ばすには自身のフォロワー数を増やすことがカギだが、有名になると数万人規模のフォロワー数を持つ。同社のスタッフボードを見ると、数万人のフォロワーを集めるのは大都市の店員というわけではないのも興味深い。会社としてもフォロワー数が多い店舗スタッフを「殿堂入りスタッフ」として表彰する制度を用意し、会社および店舗スタッフ双方が、リアルの店舗とECを上手に組み合わせながらフォロワー数を増加させ、販売を伸ばしている。

アダストリアの例から分かるのは、デジタル機器を利用したEC販売が増えたとしても、実際の接客(観察)およびデータを組み合わせて、スタッフが次の行動を工夫している点だ。これは企業におけるあらゆる活動、生産カイゼン、働き方改革などで同様に必要になる行動ではないだろうか。さらには、昨今話題のメタバース上でのマーケティングや社員研修なども、今後、増えてくると予想される。企業はリアル、オンライン、メタバースなどさまざまな場面で試行錯誤しながらトータルで顧客サービスや社員満足度を高めていく必要が出てくる。

これまではデジタルを利用した会社変革、ビジネスモデル変革は、DX(デジタルトランスフォーメーション)と呼ばれ、トップダウンによる大胆な変革やAIなど先端技術を活用した目新しいものが注目を浴びてきた印象がある。引き続き、トップによるビジョン提示などの役割は大きいが、デジタル技術が広く行きわたってきた現在、導入をして終わりではなく、継続的に組織が観察とデータを通して「創意工夫」できる仕組みづくりがより一層重要になっているのではないだろうか

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プロフィール

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    小林 敬幸

    コンサルティング事業本部 兼 システムコンサルティング事業本部

    副本部長

    1998年、野村総合研究所入社。
    主に自動車、電機、機械、素材業界などの製造業を中心に、経営コンサルティング活動に従事。テーマは、中期経営計画や経営・事業戦略立案のほか、イノベーションマネジメント、デジタルを活用した事業変革支援、など。特に、歴史ある大企業にとってのイノベーション創出、そのためのマネジメントシステムのあり方に関心を持つ。
    日本証券アナリスト協会検定会員。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。