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生成AIが席巻する世界は人間にとって福音となるか――New Society in Generative AI era

未来創発センター デジタル社会研究室 森 健室長、長谷 佳明、西片 健郎

野村総合研究所(NRI)が開催する「 未来創発フォーラムTech & Society 」では、「生成AI時代の新たな社会」をテーマに、NRIを代表する有識者による講演を予定しています。
急速な普及が進む生成AIが、さまざまな業務やサービスに取り入れられた時、私たちの生活や暮らしにどのような影響があり、働き方にどのようなインパクトを与えるのか。長年にわたってAIと社会との関係を研究してきたNRI未来創発センターの3名の登壇者が、それぞれの専門の立場から、独自の視点で切り込みます。

AIと資本主義:創造力革命か隷従への道か

森:私はまず、Covid-19の後に生成AIのブームが来たことに注目しました。ChatGPTは2022年11月末に公開されましたが、それからわずか2カ月でユーザー数が1億人に到達しています。AI自体は以前から研究が行われていましたが、AIの大流行とCovid-19という疫病の大流行には関係があると思います。
2020年に世界を大混乱に陥れたCovid-19は、瞬く間に世界中に広がり、強制的あるいは自主的なオンライン生活が一般化することで、ビジネスや私生活に関するあらゆることがネットを介して行われるようになりました。その結果、プラットフォーマーが収集できるデジタルデータの量が飛躍的に増え、学習するためのデータが多いほど精度が上がるAI開発の助けとなったと考えられます。Covid-19という疫病が、AIの進化を後押ししたとも言えるでしょう。
歴史を見ると、疫病の流行がその後の社会に影響を与えることが過去にも起きています。14世紀半ばにヨーロッパを襲った「黒死病」(腺ペスト)ではヨーロッパ人口の約3分の1が亡くなったとされ、その後生じた深刻な労働力不足や賃金高騰が、活版印刷をはじめとした革新的な技術の登場を促し、さらにはルネサンスへとつながりました。

Covid-19に加えて、日本では少子高齢化というトレンドによって以前から人手が不足しており、アメリカでも労働力が戻ってきていません。そのような人手不足の状況は「黒死病」後のヨーロッパと似ていますし、省力化のための技術革新が必要という状況も全く同じです。
今回の講演では、中世ヨーロッパの事例もヒントにしながら、生成AIが社会にどのようなインパクトを与えるのか、探っていきたいと考えています。

知識の進化論:生成AIと2030年の生産性

長谷:私はディープラーニングがブームとなった約10年前から、AIの技術動向を追い続けており、近年はAIによる労働市場への影響について研究しています。AIやロボットによってどんな仕事が置き換えられるのか、置き換えられにくい仕事にはどのような特徴があるのか、といったようなことです。今回の講演では、大きなブームとなっている生成AIを対象として、その影響度を深掘りしたいと思います。
これは私なりの見方ですが、現在の生成AIには「スキル」と「知識」という大きな2つの能力があります。このうちスキルについては、文章の要約や翻訳、プログラミングなど、人の能力に迫るものが登場しています。一方で、知識についてはまだ大きな課題が残されています。知識には、ビジネスに関わる実践的な知識や、文芸的な知識、学術的な知識などがありますが、現時点では得手不得手があり、必ずしも信頼に足りるとは言えません。これは、大規模言語モデル自体に問題があるのかもしれません。

私たちがインターネットで何かを調べるときに利用する検索エンジンは、ページ間の相互参照を見ることによって信頼性の高低を機械的に算出しています。そのため、無数にあるページの中から信頼性が高いサイトを見つけることができるのですが、大規模言語モデルはそのような信頼度の情報がない状況で、単純に文字の連続性だけを捕まえて知識化しています。そのため、良いものも悪いものも同じように評価してしまい、知識の質が一定にならないのです。
このように、生成AIは知識の面で発展途上であり、これがどの程度進化していくのかというところが、今後に大きな影響を与えることになると思いますし、職業ごとの影響度にも関わってくると考えています。

拡張される社会:人とAIの協調のデザイン

西片:私は主に技術面から、デジタル通貨やブロックチェーン、データ共有基盤などのデジタル社会インフラと社会の協調について研究を行ってきました。今回の講演ではデジタル社会インフラ上での人とAIの協調について言及していきたいと考えています。
物理的なインフラの場合、例えば高速道路を整備すれば、トラックが速く大量にモノを運べるようになって世の中が変わります。車線の数や最高速度、インターチェンジの場所や数などをどのようにデザインするかによっても影響が及ぶ範囲や規模は異なります。
デジタル社会インフラも、そのデザインによって影響の度合いが変わることは物理的なインフラと同様です。デジタル社会のインフラは、インターネットから始まり、徐々にレイヤーのように積み上げられて発展してきました。これまでの歴史を振り返ると、デジタル社会インフラ上に新たな要素が加わる都度、社会の協調の仕方は大きく変化してきました。現在は、そこにAIが本格的に乗ってこようとしている段階です。

生成AIの意味はAIの応答が人と見分けがつかないレベルに達したことにあると思います。このようなAIの普及が、社会へ与え得るインパクトの大きさを考えると、社会全体で人とAIの望ましい協調の姿を考えながら、AIやデジタル社会インフラを開発していくことが重要だと考えています。AIが商品やサービスに当たり前に使われるようになる時代にどのような協調が望ましいのか、一緒に考えることができればと思います。

知的好奇心を刺激するAIの未来像

森:AIは仕事を奪うのかという議論が以前からある一方で、最近では生成AIを目の前の仕事にいかに役立てるかというノウハウ情報も世の中に溢れています。今回の講演ではそのような短期的な視点だけでなく、10年先や20年先に起こりうることも予測しつつ、もう少し俯瞰した場所からの見方を提示したいと考えています。AIに対して私たちは共感を持てるのか、AIが共感力を持つことはあり得るのか。そんな知的好奇心が刺激される機会になるはずです。皆さんとともに是非、考えたいと思います。

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プロフィール

  • 森 健のポートレート

    森 健

    未来創発センター デジタル社会・経済研究室長

    慶應義塾大学経済学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)にて修士課程(経済学)、一橋ビジネススクールにて博士課程(経営学)を修了。
    専門はデジタルエコノミーなど、経済と技術の相互関係を踏まえた未来洞察。
    2012年から2018年には、野村マネジメント・スクールにて「トップのための経営戦略講座」、「女性リーダーのための経営戦略講座」のプログラム・ディレクターを務める。
    主な著書に、『デジタル資本主義』(2019年大川出版賞受賞)、『デジタル国富論』、『デジタル増価革命』(いずれも東洋経済新報社、編著)がある。
  • 長谷 佳明のポートレート

    長谷 佳明

    IT基盤技術戦略室

    

    2014年よりITアナリストとして従事。先進的なIT技術や萌芽事例の調査、コンサルティングを中心に活動中。専門は人工知能、ロボティクス、IT基盤技術など。共著に「AIまるわかり」(日本経済新聞出版社)がある。

  • 西片 健郎

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。