&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
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中央大学大学院法務研究科教授 石島博氏
株式会社ナウキャスト取締役会長 赤井厚雄氏
国土交通省総合政策局 社会資本経済分析特別研究官 小林正典氏
野村総合研究所 未来創発センター デジタル都市インフラ研究室長 谷山智彦


都市やインフラなど社会資本整備をめぐる環境が急激に変わる中で、持続可能なインフラへの転換は喫緊の課題となっています。新たな打開策を見出すために国土交通省とNRIは2023年に「サステナブル・インフラ研究会(SIX研究会)」を立ち上げました。産官学の参加メンバー4名にこれまでの活動や研究会の意義について聞きました。

若手の尖った研究でインフラが変わる!?

日本では、自然災害の激甚化によるインフラの途絶や老朽化問題、メンテナンスや管理の担い手不足など、社会経済を支えるインフラをめぐる課題が深刻化しています。SIX研究会には産官学から約25人のメンバーが集まり、技術、情報、環境、観光、地域、人材育成という6つの観点から、土地や不動産など都市の構成要素を含む総合的なインフラを持続可能なものへと転換するためのヒントを探ってきました。

通常の研究会や審議会では大御所の識者を中心に政策提言をまとめる形態が多いですが、「この研究会では、博士号を取得したばかりの方も含めて、20~30代の研究者や起業家に先進的な研究や取り組みを披露してもらい、忌憚のない意見交換を重ねてきました」と、国土交通省の小林正典さんは本研究会の特徴を挙げます。発表内容がすぐに政策に直結しないこともありますが、新しい技術や多様なデータの収集、分析、活用方法を発掘することは持続可能なインフラの実現に不可欠です。本研究会は、インフラを今後も長く活用する若い人々に当事者意識を持って参画してもらう貴重な機会になると、NRIの谷山智彦は考えています。

研究会はこれまで8回開催されましたが、取り上げられるテーマは実にユニークです。例えば、コンピュータ上で物質・エネルギーの流れを再現し、コンクリートや木造をどう組み合わせればネットゼロが達成できるかを探る研究。グリーンボンドで調達した資金がサステナビリティ目的に適っているかをブロックチェーン技術に基づいてリアルタイムで可視化する取り組み。さらに、ドローンを使って温度や夜間光を計測し、住宅や町が放つ熱や明るさを「豊かさ」の代理指標として地域の賑わいや地方創生活動の効果を捉えようという斬新な研究もありました。

社会価値の測定やEBPMへの応用可能性

「持続可能なインフラを考える前提として、地価のような金銭的価値と、社会や環境へのインパクトというダブルボトムライン(2つの収益)から得られる効用(社会価値)を成長の果実とし、持続可能な社会経済インフラへの移行コストを最小化することで、時間とともに目減りしない社会を実現することが鍵となります」と、中央大学の石島博教授は指摘します。「金銭的価値は測定可能で学術研究も進んでいるのに対し、政府の掲げる『全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会』がもたらす社会価値は直接測定できず、理論も確立されていません。ですが、この研究会を通じて、新たな技法や多様なデータ、若い研究者や起業家の自由な発想をもとに社会価値を計り、日本発の新しいモデルを示していける可能性を感じました」

通信や画像解析などインフラと直接関係なさそうな要素技術や、公的統計やデジタル化された行政記録情報を補完するオルタナティブ(代替)データの発掘は、社会価値の評価やEBPM (証拠に基づく政策立案)に役立つと、ナウキャストの赤井厚雄さんも考えています。「これまで政策の効果検証はアンケートで満足度を聞く程度で、定量データの取得に課題がありました。しかし、最新の技術や科学の成果を持ち込めば、これまでは把握しづらかった要素も測定できると思えました。また、研究会で体験したような、解像度の高いドローン画像を使えば、実用的な都市デジタルツインをつくれるはずです。自由な発想を持つ若手と議論することは希望の原点になります」

産学官連携はインフラ経済分析の人材育成にも寄与

2022年からG7都市大臣会合が発足するなど、持続可能なインフラや社会の実現への取り組みは国際的な潮流になっています。「これからのインフラ整備や維持管理を担うのは国や自治体だけではありません。大学や企業そして地域住民が知恵を出し合い、インフラ経営に一緒に参加し、インフラの価値や効果を中長期的に生み出していくことが大切です」と、小林さんは産学官連携の重要性を指摘します。「今後は、産学官から多様な研究者や実務家が集まって知恵を出し合い、持続可能なインフラマネジメントを実装することが求められます。新しい知に触れながら効果的なインフラ経済分析を進められるよう、分野横断で知見が得られる産学官連携プラットフォームへと発展できればと思っています」

「1年半の活動を通じて、産官学で社会経済インフラ経済分析に関するオープン・イノベーションを目指すプラットフォームの創出が非常に効果的だとわかりました」と、谷山も手応えを感じています。「斬新な活動や尖った研究をしている人々を見つけて世に出すインキュベーションや、新しい社会課題を提示し、そのソリューションを開発することは、NRIのシンクタンク部門のあるべき姿です。調査研究や政策提言だけではなく、活動成果を社会に実装することも含めて推進していきたいと思います」


対談者プロフィール

石島 博(いしじま・ひろし)氏 中央大学大学院法務研究科 教授
東京工業大学工学部卒、同大学院社会理工学研究科修士課程、博士課程修了(博士(工学))。アジア不動産学会(AsRES)・会長(2021-22年)、日本不動産金融工学学会(JAREFE)・会長(2019年より現在)などを歴任。著書に「バリュエーション・マップ: 企業価値評価の科学と演習」「ファイナンスの理論と応用1」「同2」「同3」(すべて東洋経済新報社)」。2018年4月より現職。
 
赤井 厚雄(あかい・あつお) 株式会社ナウキャスト 取締役会長
慶應義塾大学法学部卒。東京大学EMP修了。米国Kidder Peabody&Co.を経て、モルガンスタンレー入社。金融商品の開発に従事しマネージング・ディレクター、上級顧問を歴任。2015年東京大学発スタートアップとしてナウキャストを創業。経済財政諮問会議・EBPMアドバイザリーボードメンバー、経済財政一体改革推進委員会特別委員、内閣府都市再生におけるデータ活用ワーキンググループ委員、国土交通省 不動産IDルール検討会構成員など、公職多数。
 
小林 正典(こばやし・まさのり) 国土交通省 総合政策局 社会資本経済分析特別研究官
慶應義塾大学法学部卒。ハーバード大学大学院修士課程修了。東京大学公共政策大学院博士課程修了(Ph.D. 取得)。国土交通省入省後、総合政策局、道路局、自動車局、不動産・建設産業局等を経て2020年 内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付参事官(社会基盤担当)。2022年 国土交通省都市局総務課長、2023年より現職。
 
谷山 智彦(たにやま・ともひこ) 野村総合研究所 未来創発センター デジタル都市インフラ研究室長
慶應義塾大学総合政策学部卒。同大学大学院修士課程修了、大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(Ph.D. 取得)。野村総合研究所に入社後、主に不動産・インフラ分野に関する調査研究及びコンサルティング業務に従事。2017年11月よりケネディクス株式会社との合弁会社であるビットリアルティ株式会社を立ち上げ、不動産分野におけるデジタル戦略を推進。2023年4月より未来創発センターに所属し、2024年4月より現職。

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