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野村総合研究所と
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NRI上海 岳 海蘊
NRIインド 郷 裕


野村総合研究所(NRI)は、中国商業連合会が毎年発表する「中国商業十大ホットイシュー」を元に、NRIが考える今後の中国における流通・小売業界の展望を2012年から発信しています。中国の流通・小売市場は2022年に底を打ったものの、2023年には回復の兆しを見せています。同時に、これまでの消費の中心だったY・Z世代の消費変化に加え、X世代が再び脚光を浴びるなど新しい成長の道筋もできつつあります。今回は、主に2023年の中国の流通・小売業界動向と2024年以降の展望の分析および日系企業にとっての事業機会について、NRI上海の岳 海蘊、NRIインドの郷 裕に聞きました。

中国経済は回復基調に乗り、GDP成長率は5.2%を実現

中国の経済成長は鈍化傾向にあるとはいえ、2023年は回復基調となり、5%前後と目標設定していたGDP成長率は5.2%の成長を実現しました。中国政府は、2024年の見通しについても2023年同等の5.3%を見込んでいます。こうしたことから減少傾向にあった中国の流通・小売市場も回復の兆しを見せています。一方で、近年、中国の流通・小売市場をけん引してきたEC市場の成長率は消費市場全体を上回っているものの、EC化率の拡大は減速傾向にあり、一桁成長時代に突入しています。
 
主要な流通業態別に成長率を見ると、スーパー・総合スーパーの低調が続きますが、コンビニエンスストアは継続的に成長を維持し、百貨店やショッピングモールは回復に転じました。ショッピングモールについては、上位10社の参考値ではあるものの2023年も17~19%伸びています。高級ショッピングモールは、ブランド品の販売によって業績が大幅に拡大しているほか、体験型消費、飲食店の成長などにより売上増を実現しています。コンビニエンスストアは、大都市の周辺部、地方の中小都市が主戦場となっています。

地方のECプラットフォーム整備で取引が大幅に増加

中国の地方レベルの商業では、商品カテゴリの不足や商業施設の不備、高騰する物流コストが課題でしたが、政府が物流センターやコールドチェーンインフラの建設支援などを推進し、ECプラットフォームや関連インフラを構築したことで、現地の農産物の販売チャネルが拡大されました。例えば山東省寿光市では農村部ECプラットフォームの取引額は34.5億元、前年同期比31.2%増を達成しています。
 
省エネ・低炭素のグリーン商業・グリーン消費も脚光を浴びています。すでに、大手企業が先行してESG(環境・社会・ガバナンス)事業を強化しており、環境に優しい包装材の使用などの「商品開発のグリーン化」、炭素排出量のモニタリングやデジタルによる調達最適化といった「生産のグリーン化」、包装材のリサイクルの強化、省エネの推進などによる「物流のグリーン化」が進んでいます。「商品開発のグリーン化」は、消費者の購買行動に影響を与えはじめており、食品や飲料の分野では特に重要視される傾向が高いです。
 
レトルト食品、冷凍食品、ミールキットなどの総称である「予製菜」ビジネスは、コロナ禍での外出自粛により急成長を見せていましたが、今後は政府による「予製菜」の国家標準の策定が加速すると考えられます。政府は、セントラルキッチンやコールドチェーンなど関連インフラの建設を支持・奨励し、原材料の調達、在庫管理などサプライチェーンの強化による品質の向上を目指しています。

消費の新しい付加価値が出現

経済安定化の時代にあっては、消費者はこれまで以上にコストパフォーマンスを重視しています。近年の動向として、「ウエルネス価値」と「M・E・E」の2つの付加価値が注目されています。ウエルネス価値とは、次世代シルバーといえるX世代(40代後半~50代)が大切にする付加価値です。X世代は人口も最も多い世代であり、仕事は安定し、早期に住宅や車を購入済みでローン負担も少なく、子どもは成長し育児負担も軽減されています。このX世代をターゲットとして新興ブランドが立ち上がり、ウエルネス価値を訴求する新しいサービスや商品をオンライン中心で展開しつつあります。
 
中国における中心的な消費世代であるY世代(30代~40代後半)とZ世代(10代後半~20代)が重視するのはM・E・Eです。M・E・Eとは、高コストパフォーマンスを支える製造プロセス価値(Manufacturing driven)、素材やデザインなどの根拠に裏打ちされたエビデンス価値(Evidence-backed)、リテールとエンターテインメントを融合したリテイルテイメント価値(Entertainment × retail)を意味します。Y・Z世代は、プレミアム志向やブランド志向を持ちながらも、近年の経済成長の鈍化に加え、結婚、出産、育児、住宅やマイカーローンなどが同時進行していることから、自分の収入・必要に応じた理性的消費を行うことが特徴です。M・E・Eは、Y・Z世代を取りまく環境を反映した消費価値観・消費行動の変化に対応したものと考えられます。
 
このような中国流通・小売業界の変化は、早期に高齢化社会に入った日本企業がこれまで経験したことを活かす好機といえます。また、Y・Z世代が求める製造プロセス価値やエビデンス価値は、商品開発からプロモーションまでを一貫して手がけ、高コストパフォーマンスを支えてきた日本のものづくりの得意分野と合致しており、大きな成功が期待できます。日本企業にとって大切なのは、値引き競争に惑わされずに、各世代のニーズに合致した付加価値を向上させることがチャンスといえるでしょう。

プロフィール

  • 岳 海蘊

  • 郷 裕

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。