&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

ICT・コンテンツ産業コンサルティング部 伊藤 大輝、片寄 良菜


生成AIの急激な浸透もあり、日本でもAIに関する情報に触れる機会が増えています。技術進化は目覚ましく、AIは、検索だけでなく画像や動画の生成にも利用されるようになり、AIへの期待は日々高まっています。そのような状況の中で、野村総合研究所(NRI)は2024年10月に15~79歳の生活者2,073人を対象にしたアンケート調査を実施し、AIに関する認知度や利用頻度、生活シーンごとのAI受容度やAIに対する信頼度などを分析しました。日本におけるAI浸透領域と今後の展望について、本テーマに詳しいICT・コンテンツ産業コンサルティング部の伊藤 大輝、片寄 良菜に聞きました。

AIが持つ「6つの力」が人間の知力を拡張する

AIは生成AIという新たなフェーズに突入しました。ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)の登場から、画像・動画生成AIや音声生成AIなど活用範囲が広がりつつあり、われわれ人間の知力が拡張することが期待されています。NRIでは、この拡張された知力を「予測力」「識別力」「個別化力」「会話力」「構造化力」「創造力」の6つに分類しました。
 
拡張する6つの知力に関しては、既に世界中でさまざまな事例が登場しています。近い将来、日本でもこれらの事例が見られるようになるでしょう。とりわけ、人口減少による労働力不足が拡大する日本では、サービス品質を維持するためにもAI活用の議論を進め、多様な生活シーンでAIを活用していかなければなりません。

AIが浸透した生活シーン

AIがわれわれの生活に浸透した場合、生活シーンはどう変わるのでしょうか。
例えば外食のシーンでは、AIエージェントがその人の好みや予定やその日の天候、人流データに基づいた混雑予測を考慮してお店を決定します。店に着くと、来店者の人数を把握したAI店員が最適な席に案内します。注文時にはその人の好みの食材・味・調理方法などを確認し、食材の在庫をもとにレシピを考案します。このように外食シーン一つとっても、お店選びから料理提供まであらゆるシーンでAIの活用が想像できます。既に萌芽事例も登場しており、複数の機能が組み合わされば、AI店員として一連の業務をこなせる可能性もあるでしょう。
 
また、医療現場の労働力不足解消にも、AIの活用が期待されます。
例えば、患者が来院すると、顔認証ゲートを通じて来院通知が配信され、記入済みの問診票が医師のもとに送られます。診察ではAI医師が患者の既往歴などを参照しながら症状を聞き取り、カルテを書き起こします。投薬時には患者のカルテ・遺伝子情報をもとに将来かかりうる疾病を予測し、その人に最適な薬を調合します。こちらも既に萌芽事例が登場しており、現状では、部分的な活用にとどまっていますが、いずれはAIが一連の流れをこなし、医療現場の労働力不足を解消することが期待されています。

AI浸透への壁、心理的ハードルを乗り越えるには?

AIの活用事例が増えている一方で、生成AIの認知率・利用率は依然として低く、NRIのアンケート結果では48%が「内容を理解していない」状況でした。AIは生活のさまざまなシーンで活用が期待されていますが、生活シーン別にAI受容度(AIを使いたいと思うか・AIが使われても良いと思うか)を尋ねたところ、一切AIを利用したくない層がどの生活シーンにおいても20~30%存在し、一定の心理的ハードルがあることがうかがえます。比較的受容度の高いシーンとしては、「家事」「交通(自動車の運転)」「行政(市役所などの窓口業務)」などが挙げられますが、これらのシーンでは、既にAIを使った製品やサービス例が存在し、AIの活用イメージが想像しやすいことが要因と考えられます。
 
一方で、AIに対する理解不足が受容度の低さにつながっていることも明らかで、生成AIを聞いたことがない層では、「一切AIを利用したくない」という回答が半数を超えていました。AIに対する理解の浸透が、心理的ハードルを解消する鍵になりそうです。
ただし、AIの精度への不安やトラブル時の責任所在の不明確さ、有人対応だからこそ感じられる価値など、AIに対する理解だけでは解消されない心理的ハードルも存在します。例えば、人間の生命・生活・財産を扱う生活シーン(医療・介護/行政/金融)では、「トラブルが生じた際の責任の所在が分かりにくいから、AIを利用したくない」と回答する人が多く、有人サービスを前提とした生活シーン(宿泊/外食/学校教育)では、「有人対応もサービスの一環だと思うから、AIを利用したくない」と回答する人が多く存在しました。生活シーンごとに、なぜAIを利用してほしくないのか、AI受容度が低い背景を理解することが求められています。
 
調査では、AIに対する人々の意識についても尋ねました。過去に存在した偉人を再現したAIエージェント「AI偉人」に対する信頼性を確認したところ、39%が完全またはある程度信頼できると回答しています。さらに「AIは人間がコントロールできると思うか」「AIに意思はあると思うか」を尋ねたところ、回答にはバラつきが生じました。AIに対する人々の認識はいまだ千差万別であることが示唆されています。

AIが活用されやすい領域に共通する要素と、AIが越えなければならない壁

アンケート結果を踏まえて、NRIでは「対人コミュニケーション」「身体・精神的負荷」の2軸を設け、今後最もAIが活用される領域を定義しました。AIが活用されやすいのは、発生する業務などが固定化・汎用化しやすく、対人コミュニケーションをあまり必要としない領域です。中でも身体・精神的負荷が高い家事、自動運転や画像診断などの領域は、AI導入余地があると言えます。一方で、対人コミュニケーションと身体・精神的負荷の双方が高い介護や育児などの領域は、AIを活用することに心理的ハードルが高く、人間がサービス提供することに価値を感じる領域でもあるため、AIが活用されづらいと考えられます。
 
過去の新技術(携帯電話など)の普及の歴史も踏まえると、AIがさらに活用されていくためには、「アクセシビリティ」「価値観の変化」「周囲を巻き込む」の3つの壁が存在します。すでに第1の壁である「アクセシビリティ」はクリアしているように見えます。


「価値観の変化」に関しては、前述のAI活用がしやすい領域において、今まで人がやることが当たり前だった生活シーンをAIがどのように変えられるのか、注目していく必要があります。また、AIがより普及していくことで部分最適から全体最適への移行が期待されます。製造業における分業制が進んだように、AIにおいてもAI間の分業が進み、性能が向上していくことが想定されます。
 
最後に、AI普及初期はアンケート結果でもあった心理的ハードルをクリアするために、適切に人が関与し安心感を担保しながら、価値観を変えるようなキラーコンテンツが生み出されることを期待します。

プロフィール

  • 伊藤 大輝のポートレート

    伊藤 大輝

    ICT・コンテンツ産業コンサルティング部

  • 片寄 良菜のポートレート

    片寄 良菜

    ICT・コンテンツ産業コンサルティング部

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。