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ヘルスケア・サービス産業コンサルティング部 土橋 和成、吉田 涼、向井 暉


AIと人間の関係性についてはさまざまな考察がなされています。野村総合研究所(NRI)ではAIを「人類の知力を拡張する存在」と捉え、AIの導入事例を広く調査し、AIによって拡張される6つの知力、具体的には「予測力」「識別力」「個別化力」「会話力」「構造化力」「創造力」を抽出しました。6つの知力について現行の導入事例と将来的に想定されるユースケースを紹介しつつ、近く普及することが想定されるAIエージェントの普及規模について推計を行いました。本テーマに詳しいヘルスケア・サービス産業コンサルティング部の土橋 和成、吉田 涼、向井 暉に聞きました。

AIが拡張する、6つの知力

AIを人類の知力を拡張する存在と捉えると、AIによって拡張される知力は6つに分類されます。具体的には「予測力」「識別力」「個別化力」「会話力」「構造化力」「創造力」です。
 
予測力とは、未来を予測する力です。衛星画像などのデータをもとに水道管破損リスクや自然災害リスクを診断・予測にAIが活用されているほか、従来人間では見通しきれなかった将来どんな病気にかかるのかを予測する医療システムの研究も進められており、AIによる予測力の拡張が進んでいます。
 
識別力とは、膨大なデータから人間が気づけなかった特定事象の対象やパターンを見つける力です。AIがゴッホの絵画の下絵に隠れていた幻の自画像を識別したり、焼失した古文書から研究者では読み取れない貴重な文字情報をAIが解読したりするといった事例があります。
 
個別化力とは、対象の個別性、特殊性に合わせる力です。ヘルスケアの領域では、疾病を治療する際に個々人の遺伝子データやアクティビティデータなどからAIがパーソナライズされた治療法を提案することや、生徒一人ひとりの学習進度や理解度などをAIによって把握しながら授業づくりや学習指導、成績評価を行うといった例が挙げられます。
 
会話力とは、通訳・翻訳する力です。来院前に医師の姿をしたアバターが症状の聞き取りや治療の流れの説明を行い、診療時間短縮を目指す問診AIがよく知られる事例です。また、ユーザーが明示的に探していなかった商品について関連商品が幅広く出てくる対話型コマースの事例にも、会話力の拡張が見られます。
 
構造化力とは、知を構造化する力です。AIがコード生成や説明を行うAIプログラマーや、社長以外のメンバーが全員AIの会社は、構造化力が拡張された最たる例です。近年ではAIによるCEO(最高経営責任者)も登場し、組織の利益を優先した偏りのない公正な判断で、マネジメント全般に関連する業務、意思決定を支援するだけでなく、リスクマネジメント戦略の実行に対する責任も担うようになっています。
 
創造力とは、知を生み出し、組み合わせる力です。デンマークのスラゲルセ自治体では創造力を持つAIを活用し、市民の議論や洞察、提案を収集し、政策立案者に情報を提供するという新しいアプローチを試みています。また、アメリカ航空宇宙局(NASA)では衛星搭載機器の一部にAIを活用し、一見して人間では思いつかないような形状の機器を採用、従来のものより構造的にも優れていることが判明した事例も出てきています。

AIの知力発揮に必要な4つのキーリソース

AIの知力発揮に当たっては「学習データ」「半導体」「電力」「水」という4つのキーリソースが不可欠となりますが、これらのリソースには物理的供給制限もあり、AIの進化や普及のボトルネックとなる可能性があります。
 
1つ目の「学習データ」についてですが、AIは書籍などの言語データをもとに学習を行うため、言語データが枯渇すると進化が難しくなります。今後は人間の生産物であるデータだけでなくAIが生成する合成データの活用や、学習に必要なデータ量や計算リソースが従来よりも少ない小規模言語モデル(SLM)、言語だけでなく画像・音声・行動などマルチモーダルな入力処理を行う大規模アクションモデル(LAM)などの新規モデルの開発によるAIモデルの多様化が進むと予測されます。
 
2つ目に挙げている「半導体」は、良く知られているようにインプットした学習データの演算に不可欠となります。自動車、データセンター、通信機器などに使用され、とりわけ「AIの心臓部」と言われることもあるデータセンターは、AIモデルの学習や推論などの高負荷な計算処理を行うことでAIの知力発揮に不可欠な存在となっています。こういった需要から半導体の世界市場は2023年の5,472億ドルから2032年には1兆3,077ドルと年平均成長率(CAGR)8.8%で拡大すると予測されています。産業政策としては、半導体の生産強化に加え、高性能GPUの安定供給能力を高めるため、備蓄と再利用の促進がポイントになるでしょう。企業にとっては、国外のデータセンターを含めた調達戦略や自前でのデータセンター新設といった半導体利活用戦略が他企業との競争上、重要になりそうです。
 
3つ目の「電力」については、生成AIが注目される2023年以前から脱炭素化に伴う電力需要の高まりがありましたが、AIの普及に伴ってさらなる電力需要増が予想されています。AIは高度な演算を伴うため、従来の検索エンジン上での処理と比較して必要な電力はおのずと大きくなります。そのためテック企業と伝統的な電力関連企業の距離も縮まっており、テック系企業を起点とした次世代電力への開発や投資のリードとエコシステムの形成が今後注目されます。
 
4つ目に半導体生産と電気使用量増加に伴い、需要が拡大しているのが「水」です。水資源は半導体の製造過程での超純水とデータセンターの冷却水という2つの観点で重要です。しかしながら、データセンターは周辺地域の産業用水を消費し、その大半は蒸発するため、地域住民から反発を受ける事例もあります。また、気候変動によって水資源に対する需給が行き詰まり、半導体工場やデータセンター建設の阻害要因になるようであれば、AIの普及を左右する要因となる可能性もあります。AIによる需給最適化、寒冷地でのデータセンター建設、工業用水の再利用など、供給制約をどのように緩和できるかが今後のポイントになります。

AIの普及がもたらすユースケース

AIの普及に伴い、今後登場しうるユースケースは多様に広がっていくことになりますが、ユニークなものとして以下の7つが挙げられます。
 
1つめは、「予測販売型コマース」です。これまでのように生活者が購入を決定した商品を自宅に配送するのではなく、購入予測に基づいて商品を先に自宅に配送し、生活者は必要に応じて購入を決定するという形が可能になります。
 
2つめは、「マシン・インフルエンサー」です。AIがコンテンツの特徴を学習して新しいコンテンツを自動生成することで、SNS上で自律的にフォロワーを集めていくAIが登場する可能性があります。
 
3つめは、「AIを介した精密問診」です。従来の問診では、人間の認知や伝達能力に制約があり、患者自らが伝えた主観的な情報に頼らざるを得ない面がありました。AIが日常的に患者のアクティビティを認識していれば患者本人が見逃している重要情報や詳細な日常行動を医師が客観的に把握でき、問診の精密度が向上します。
 
4つめは、「動物やモノとの言語コミュニケーション」です。AIが動物やモノの変化の機微を捉えることで、人間からの一方通行だったコミュニケーションが双方向へと変化していくと考えられます。例えば不具合とその修理方法を言葉として発する機械やペットの声を翻訳して飼い主と会話するような世界観が想定されます。
 
5つめは、特定のユーザー像をAIで生成することで可能となる「AIペルソナからの意見収集」です。企業経営や商品開発、政策検討などにおいて関与する人間だけから意見を収集すると、関与者の多様性の制約から偏りが排除しきれませんが、そういった場面でAIペルソナを活用することで不足する多様な立場の考えに基づく意見を生成できます。
 
6つめは、「AIによる経営判断」です。これまで企業における重要な意思決定は、経営層(人間)の合議によって行われてきましたが、人間による意思決定には手間がかかり、合理性に欠ける場合もあります。特にデータ処理やリアルタイム性が重要となる項目において、今後は重要な意思決定の一部をAIが自動的・合理的に判断し、決定するようになる可能性があります。
 
7つめは、「AIエージェントの取引市場」です。企業や個人が生成AIのサービスを活用しカスタマイズする従来の方法から、専用の市場においてAIエージェントのカスタマイズ、出品、購入、活用までを包括的に行う形態への移行が予想されます。

AIエージェント時代、企業にもたらすインパクト

日本では、大企業や情報通信業を中心に生成AI導入が進んでいます。このままのペースで進むと、日本企業のAI利用率は2030年頃には50%を超えるとされています。2030年の国内の法人向けAIエージェント数は約200~900万になる見込みであり、2030年代にはAI活用といえばAIエージェント利用が一般的になると考えられます。
 
AIエージェントとは、ユーザーが行いたいことに応じて複雑なタスクをこなしてくれるソフトウェアと、それを搭載したハードウェアの組み合わせです。ユーザーの目的を理解して複数のプロセスに分解するため、細かい手順を指示されなくても複雑なゴールを目指せます。さらにフィードバック情報を次のタスク時に活用するなど、自ら学習を重ねる点も特徴です。
 
20世紀の汎用技術としての電力は、経済・経営に大きな影響を与えました。AIが持つ拡張された知力は、同様に21世紀の汎用技術として経営インパクトをもたらすでしょう。その結果、一般に指摘されがちな人間の代替といった側面だけでなく、専門職を支えるAIアシスタントの登場や、新しい職業の創出、といった労働力インパクトをもたらすことが予想されます。日本企業も、目前に迫るAIエージェント時代を見据えた準備を進める必要があります。

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